第14話 其角さんの回想 1

其角きかく様ぁ」


 可愛らしい華やいだ声に名を呼ばれて、其角は振り向いた。ととと、とおぼつかない足取りの少女が其角の足に抱きついてくる。その頭にも可愛らしい角が生えていた。


 其角は微笑みながらその少女を抱き上げる。


「ご機嫌ですね、碧子みどりこ様。何か良い事がありましたか?」


 碧子は表情を曇らせると、首を振って悲しげに答えた。


「そういうわけではないです。久方ぶりに其角様に会えるので、つい」


 つい、はしゃいでしまったと言いたいらしい。其角は少女の後ろからやって来た年嵩としかさの男に目を向けた。頭には三本の角を持つ、碧子の父親だ。今では人と戦う為の指揮をとっている。


総角そうかく殿」


「碧子、少し離れておれ。其角殿……少々お話が」


 総角は碧子以上に何か憂いのある顔をしていた。其角はその原因が戦にあるとわかっていた。最近、やたらと負け戦が続くのだ。


「人が……我等われらツノを狩ってその身に我等の力を宿しておると……かつての同胞達の力が、まさか我等に向けられるとは……」


 総角は其角と二人だけになると、絞り出すように心の内を吐露とろし始めた。その気持ちは其角も同じだ。仲良く平和に暮らしていた自分達の日々が、人間を受け入れたばかりに、もろくも崩れ去っていくのだ。


「のう、其角殿。わしは嘉鬼よしき殿を恨まずにおられん」


 嘉鬼は、この鬼達の楽園の長であった男だ。初老の鬼で、穏やかで誰からも尊敬されていた。彼が近海に漂流していた人間を哀れに思い、この島に受け入れた事が全ての発端であった。


 いわば期せずして厄災を招き入れてしまったというところだろう。


 ——親切が仇になる、とはこういう事だな。


 ひとりの少年が鬼の娘を殺して角を奪った事から事態は一転した。鬼の能力は人が宿す事が出来る。この力が有れば、源氏の者どもに一泡吹かせてやれる——。


 その妄執に取り憑かれた彼らは手当たり次第に鬼を狩り始めたのだ。


「嘉樹様はもはや逝ってしまった方だ。悪くいうのはやめよう」


 其角は今は亡き者にされた嘉鬼の後ろ姿を思い浮かべた。


 ——責任を取る。


 そう言って、人の群れに向かって行ったその後ろ姿が嘉鬼を見た最期となった。


 其角がわずかひと月前の事を回想していると、渋面じゅうめんを浮かべた総角が言い出しにくそうに切り出して来た。


「其角殿、結界を解くわけにはいくまいか?」





 つづく

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