第8話 圧が強いアイツはなんなんですか!

 ざわざわと樹々が揺れる。暗雲が立ち込めて、昼間だというのにあっという間に暗くなる。


 さっきまで僕らがいた場所に、真上からゆっくりと何かが降りて来た。


 ぼんやりと光を放つそれは、人だった。悠然と空から降りて来たその人は、青年——僕より少し上の歳ぐらいだろうか、美紅みくと同様に着物姿の上半身に、動きやすそうな袴を身につけていて、その足首を布を巻いて絞っている。やはり足には変わった布製の靴らしき物を履いていた。


 美紅と同じくらいの長身に、同じような爪、羨ましいくらいの端正な顔立ち——但し見たことのない髪の色だ。濃い浅葱色と言えば良いだろうか。緑と空色を混ぜたような毛色はまさしくコスプレイヤーを思わせた。


 だがその身にまとう気配は尋常じゃない。闇色を威丈高な黄金色で際立たせた、そんな妙な感覚。ただわかるのは絶対強い何かである事。


 圧が強いのである。


 目を合わせたらいきなり殴りつけて来そうな凶暴さを僕は感じた。


 息を殺して彼を見つめていると、彼は地面の様子を調べて、小首を傾げた。曲げた人差し指を自らの唇に押し当てて何か考えているようだったが、やがて再びふわりと飛び立った。


 その青年の姿が見えなくなると、辺りの明るさも元に戻り、森も元の新緑に戻った。


「なんなんだ、あれ……」


「よく見つからなかったものだ……」


 僕と美紅は同時に呟いて、お互いの顔を見た。美紅はどこか呆れたような目付きで僕を見たが、軽くため息をつくと彼が誰なのか、教えてくれた。


彼奴あやつは——この島で最悪最強の男だ。目に留まるものは片端から倒して来た。残るはただ一人、鬼の其角きかくが残るばかりじゃ」


「ちょっと待って。僕はここがどこかもわからないんだけど」


「知らずに来たのか」


 来たくて来たんじゃない!


 僕が叫ぶより早く美紅は僕を引き寄せると、僕を抱きかかえて飛び上がった。


「うわ、わわわ……!」


 飛んでるー!


 落ちるのではないかという不安もあるが、それよりもその爽快さの方が勝った。新緑の森を目の下に捉えて、風を切って宙を進む。美紅に抱えられているからか、重力に引かれる感じは無く、ただただ気分良く飛んで行く。


「見えるか? ここは陸から離れた孤島——鬼ヶ島と呼ばれる」


 言われるままに美紅の指差す方を見ると、確かに自分がいた大地が海の上に寂しげに浮かぶ離小島はなれこじまであるのがわかった。周りは深い青色の海だ。海の果てはぼんやりと霞み、他に島があるのか、大陸があるのかはわからなかった。


 美紅は僕を抱えたまま、今度は降下し始めた。フワッとした浮遊感が鳩尾みぞおちのあたりをくすぐる。それをこらえているうちに、僕らは初めにいた場所からだいぶ離れた所に降り立った。


 相変わらず樹々に覆われた場所だが、もっと岩場が出ていて、目の前には急斜面の山肌がそびえ立つ。


「離れよ」


「え?」


 美紅は僕を見下ろして冷たくそう言う。僕はいつの間にか彼女の腰にしがみ付いていたようだ。


「あっ、ごめん」


 僕がぱっと離れると、美紅は何事も無かったように目の前の岩壁を指差した。


「今から、美羽みうが案内をする。ついて行け」


「美羽って誰さ?」


 美紅は自分の胸に手を当てると、「我の本体じゃ」と言って急にがくりと膝をついた。操り糸が切れた人形みたいな動きにぎょっとして驚いていると、目の前で美紅の姿が見る間に変わって行く。


「ええっ⁈」


 長い亜麻色の髪はだんだんとその色を変え、浅葱色に——。背も低くなり、着物の袖や裾も丈が長く見える。ミニスカートみたいだった裾も膝下まで下がり、長い爪も縮んでいく。ゆっくりと顔を上げたその子は、なんと瞳の色も変わり、青色の大きな目をこちらに向けていた。


 美紅が切長の目や細い顎を持っていたのに比べて、この子は全体的に柔らかい印象を受ける。一言で言えば『かわいい』。


 思わず心臓かドキンと飛び跳ねる、そんな可愛らしさだ。





 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る