第7話 謎の女性は超怖い

 やっぱり鋭い爪と牙がそう呼ばせるのか? それにしても鬼にしてはツノが見当たらないけど。


「それはその、周りが君のことを呼んでいる名前なんだろうけど、君自身は何て名前なの?」


 初めからこう聞けばよかった。


「我が名は美紅みく。そう呼ぶ者はもはや一人しか居らぬ」


 彼女が身にまとう紅の着物はまさに名を現していたわけだ。それにしてもその名を呼んでくれる人が一人しか居ないってのは——。


「家族がもう居ないとか……?」


 僕の悪い癖だ。つい口から思った事が洩れてしまう。


 美紅は首をかしげると、「家族と呼べるかどうかわからぬ奴じゃ」とのたまった。


 まあ、いいか。


 約束通り僕は刀を見せた。奪われないようにだけ、しっかりと鞘ごと握りしめて前に出す。


 意外にも美紅は刀を抜こうとはせず、人差し指で柄を撫でた。撫でながら、「何故じゃ? 其角きかくの気配がする」と呟く。


「キカク?」


「この島に残る最後の鬼の名じゃ。その其角の力を何故かこの刀から感じるが、この刀の由来ゆらい何処どこぞ?」


「由来だってさ、『鬼丸おにまる』?」


 僕はしゃべる刀——『鬼丸』に話を振った。


「あれ?」


 鬼の顔の鍔は先程とはうってかわって、まさに鋼の塊の如く眉一つ動かす気配も見せなかった。


「なんだよもうーッ!」


 ゆすっても叩いても『鬼丸』は動き出す様子がない。美紅は必死になって刀を揺さぶる僕を不審そうに見ている。


「いや、本当なんだよ。この刀がしゃべって……いや、僕をこの場所に連れて来てさぁ……」


 理解されないよな。


 そう思っていたが、美紅はぽんと手を打った。


「成程、其角の力を持つ刀ならばそれもあり得よう」


「どういう事?」


 僕の食い気味のツッコミも美紅は気にせず話し続ける。


「其角は時と場所を越える能力を持っている。その力を持つ刀であるなら——」


 そこまで言って、美紅は口を閉ざす。


 驚いた瞳は大きく見開かれ、黄金色の中の黒っぽい瞳孔が縦に裂けた。いわゆるネコ科の猛獣の目だ。僕の心臓がそれを見てキュッと縮む。


「あっ! そなた何処どこからこの島に入った⁈ いや、そうか! 逆に其角の刀が連れて来たのか⁈」


 美紅はまくし立てると、「まずい!」と叫ぶなり僕の襟首を引っ掴んだ。


「ぎゃ……⁈」


「声を出すな!」


 慌てて口を閉じるが、引っ張られて首が苦しい。涙目で彼女を見れば、美紅は片手で僕を掴んだまま、大型トラック二台分くらいの距離を跳躍した。


 びょーんと、だ。


 僕の方は喉を締められ、「ぐえっ」と汚い悲鳴を出す。目の前はぐるぐる回るし、気がつけば美紅が僕を抱えて茂みに身を隠したところだった。


「静かにしておれ」


 言われなくても声が出ない。


 それでも美紅の視線の先が気になってそちらへ顔を向けた。





 つづく

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