第2話 だから僕はどこに来たんですか?

 ことの発端ほったんは、夏休みも終わろうというその日の朝。


 忘れていた宿題——高校の日本史のそれは、自分のうちにある古物とか自分のうちのルーツとか自由に調べて来る事だったから、僕は母に断ってうちの蔵を開けた。


 古い白塗りのいかにも『蔵』というそれはこの辺でも残っているのは珍しく、他所から見せて欲しいとよく言われたが母はにっこりと笑って微笑みのうちに断っているのが常だった。


 広い敷地の隅にあるそれの前に立ち、外の鍵を外すと、重い扉を開ける。それからもう一つの内扉を開くと僕は中に踏み入った。


 冷えた空気と少しの鼻につく匂い。


 嫌いな匂いではないが、風を通す頻度が低いのを知っているので、埃を警戒して大きく呼吸するのは避ける。


 扉から差し込む光だけを頼りに二階への梯子段を登る。


 子どもの頃、姉との遊び場になっていたから、どこに何があるのかはだいたい把握していた——つもりだった。


「え?」


 見た事のない『刀』を目にして、思わず声が出た。


 かれるように手に取る。


 他の品々が薄くほこりが積もっているのに対して、この『刀』はぴかぴかと黒鞘が光り、こしらえにもちりひとつ見当たらない。


 もしかして、これがねえさんの言っていた——。


 その時だった。


『わしを解き放て』


「え?」


『わしの声が聞こえるか? わしを抜くが良い』


 抜くというならば、この『刀』の事だろうと僕は理解し、つかを握る手に力を込めた。


 わずか数センチ。


 鞘から刃が少し見えたと思った瞬間——。


 見えた刃から青い閃光がほとばしり、僕の身体は衝撃と共にどこかへ放り出されたのだった。





「って、お前そろそろ説明しろよ」


 僕は黒鞘の刀を抱えたまま、木影こかげに身を潜めてあたりを伺いながら話しかけた。


 刀に向かって話しかけている自分を客観的に見たら、さぞかし滑稽こっけいだろう。


 てか、笑えて来る。


 刀に、向かって、マジで、話しかける、僕。


 これで刀が返事してくれなかったら、周りに人が居なくても恥ずかしい。


『む、しばし待て。……よかろう、これくらい離れれば探知されまい』


 刀はボソボソと呟くと、ようやくこっちを向いた。いや、そう見えただけかも。


『さて、どこから話したものかのう……? うむ、まずはお互い知らぬ者同士、名乗り合うとしよう』


 自己紹介って事らしい。


『わしの名は——』


「鬼丸」


『なんと! 知っておるのか? これは話が早い。その名の通り、鬼に由来する名刀である』


 自分で『名刀』って言っちゃう?


「僕はたかむら一志かずし。高校二年生。趣味はゲーム」


『篁……やはりな。志乃しのの弟か?息子か?』


「姉さんを知ってんの⁈」


 思わず声が出た。刀の口から出て来たのは、数年前に行方不明になった姉の名だったからだ。


『という事は弟か。なるほど、よう似ておる』


 待て待て待て。


 僕は一度にたくさんの事が起きて、頭の中が沸騰する。


 まずはこの事態を説明しろ。


『なんじゃ、せっかく志乃の話をしようと思うたのに』


「姉さんの件は後でゆっくり聞かせてもらう。まず、ここはどこなんだ?」


『わしが話をするというのは気にならんのか?』


「なるよ! なるけど自分に何が起こったのかが一番知りたいんだよ!」


 刀は『やれやれ』とため息をついて、こう述べた。


『一言で言えば、そなたは時空を飛んだのじゃ』





 つづく

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