3年の月日を忘れない。これから私が眠りについても。
吾輩は藪の中
3年の月日を忘れない。これから私が眠りについても
「人と人の出逢いは、『別離(わかれ)』という最高なバッドエンドを迎える為にある。私は、こんな言葉を告げられた事があります」
桜の木が、美しく咲き誇っている公園。そんな場所で私達は、最初で最後の会話をしていた。私が話し掛けていたのは、アナタ。
アナタは、ふわふわな髪の毛を揺らしながら、戸惑っていたわ。そう……彼は、何か言葉を探しているように見えた。
無理も……ないよね。私、アナタにとって知らない女の子だし。でも、私はアナタをずっと知っていたよ。
私はこの日――1日だけ、命を貰えた。下手くそな導入で始まった会話、重たく湿った空気、それが全部……からっと乾いていくのを私が知るのは、もう少し後の話。
○●○
3年前の4月。アナタと私が、初めて出会った日の話。アナタは、不安な顔をしていた。でも、私とのソレが終わると、アナタは嬉しそうにはにかんだ。
6月、私はアナタと会えなくなった。ずっと眠っているだけなのも、退屈だった。でも時々、アナタの声が聞こえる。
友達と、仲良くゲームをしているアナタの声を聞くだけで、心が安らいだ。
10月、またあなたと会える事になった。久しぶりに再会出来て嬉しかった。アナタは、学校に少し慣れてきたみたいで、私も安心。
それから、何度も何度も、会えたり会えなかったりの日々を繰り返した。そして月日が経った。
私は……長い時間、アナタと一緒に居た。アナタの感情も、体も、成長を見守って来た。でもね、気付いてしまったの。
私、イケない事をしている。良くない感情を、抱いているって。有り得ないっ……て思った。
私は、アナタと3年前に出会い、長い時間を共に過ごした。私はその長い時間の間で、アナタに恋をしてしまったの。
その瞬間に、私の体は雨に打ち付けられる様な、そんな冷たさに襲われたの。いや……体というよりも、これは心なのかもしれない。
心が、泣いていた。雨が降っていた。それと同時に、その雨の中で一生を過ごしたいとも思った。
その時、なんの奇跡か分からないけど、私に動く自由が出来たの。信じられなかった、だって1人で動けるんだもん。
『アナタに着られるだけの制服だった私が、命を貰った』
でも、アナタはもう学校を卒業して、社会人になる。明日から、一生、私の事を着なくなる。だから、少しでもお話がしたかった。
そして……『好き』を伝えたかった。でも、制服だとバレない様にした。普通の人間の様に振る舞った。
アナタは戸惑いながら……受け止めてくれた。
○●○
「君は、明日から大学に行くの?」
ふわふわな黒髪を風になびかせ、桜の下で高校の制服を着たアナタ。甘いマスクと相性抜群で、とても目眩がしそうでした。
目も当てられない程に、その瞬間を切り取って、カメラのフィルムに収めたい程に、アナタはキレイでした。
そして、黒髪ショートをなびかせて、彼とは別の学校の制服を着た私。誰が作ってくれたか分かりませんが、それなりに美少女として作ってくれたことに感謝致します。
だけど……もうそろそろ、お別れの時間が近い気がしてならないの。
とても重たい、苦しい予感が、体中を巡っていました。
「いいえ。私は……体が弱いので、家で両親のお手伝いをするくらいですよ」
彼の笑顔を見ると、胸が締め付けられた。嘘を付いている事も、本当の事を言えないのも、苦しかった。
「そっか……体、大事にするんだよ。それにしても、最初に別れがどうとかって来たから心配だったけど、杞憂に終わって良かった」
そりゃそうだ。あんなので話しかけるのなんて、不信者極まりない。アナタのことを知らないフリするのも、大変だった。
「すみません……つい、人と話せるのが嬉しくて」
3年間、片想いしてきた相手だ。嬉しいどころの話じゃない。というよりも、緊張の方がまだ勝っている。
アナタは、クラスの女の子から、割と好かれている。男の子からもそれなりに人望があって、人気者のモテ男君だ。
普通なら、こんな不審者を毛嫌いして、話し掛けられても無視を決め込む。
だけど、アナタは違った。どんな相手にも、真っ直ぐにぶつかった。真っ直ぐに向き合った。これ以上のない熱量で、アナタはいつも人と向き合っていた。
それに……アナタは、制服である私にですら、優しかったのだ。大切にしてくれた。ボロボロになっても、時には汗の匂いが染み付いても。
アナタは、私を捨てなかった。アナタはいつも、こう言っていた。
『父さんや母さんに、買ってもらった服だからさっ。俺、大事にするよ!』
そうやって、アナタは何事にも誠心誠意に取り組んでいた。そんな人柄に、私は心底惚れてしまった。
正直、べた惚れである。そのせいか、私は彼とかそう呼ばずに、ずっとアナタという風に連呼してしまう。
恥ずかしいものです。でも、私はアナタに恋をして、1度だって後悔した事がないです。ずっと……幸せでした。
「そっか。あまり……学校には行ってなかったのかな? それとも、人と話すのが苦手?」
優しい笑顔で話し掛けられた。胸は苦しいのに、幸せな気持ちも感じる。両方の感情が喧嘩をしているかの様でした。
「学校に行ってなかったです。やっぱり、病弱だと学校行くにも不便ですから。でも、全然寂しくないんです。むしろ、ずっと楽しかったです!」
そうだ、アナタと一緒に過ごしてきたのだ。楽しかったに決まっている。
「そっか。それなら良かった。…………俺、ちょっと寂しいんだよね」
アナタが寂しいとは珍しい、何があったのだろう? あ、そういえば、何で私(原理は分からないけど、彼が着てるのは私)を着てこんな所にいるんだろう。
卒業式は、もうとっくに終わっているのに。
「もうすぐ……この制服と離れ離れになっちゃうんだ。お別れなんだよね。なんか……ずっと一緒に居た物が無くなるって、寂しいな〜って思って」
その言葉を聞いて、私は泣きそうになってしまった。いや、もしかしたら気付いていないだけで泣いていたかもしれない。
彼は……私に優しくしてくれるだけでなく、そんな素敵な事まで思っていてくれたのだ。
これ以上ない言葉、これ以上ない幸せがあるだろうか。
「制服も……きっと! 寂しいと思っています! でも……それ以上に、楽しかったよありがとうって、きっと思っています!」
何故こんな言葉が口に出たか分からないけど、私は彼に、後悔をしないように最後の言葉を掛けていた。
「制服は……アナタの幸せを! ずっとずっと! 願っていると思いますよ! 私……もう、行きますね。お話してくれて、ありがとうございました。いつかまた、どこかでお会いしましょう」
アナタと話せて……幸せだった。3年間、ありがとう。そうやって、私が後ろを向いた時でした。
「あの……俺、君の事をどこかで見たかもしれない。どこか、君に懐かしさを感じていた。なんと言えば分からないけど、その……」
私は、アナタの方を振り向いた。そして、アナタから掛けられた言葉に驚き、はっと目を見開いた。そして……涙を流した。アナタは、こう言った。
『ずっと……ずっと一緒に居てくれて、ありがとう』
私の涙は……止まる事を知らなかった。世界は、スローモーションになっていた。空、桜、風、鳥、そして、アナタ――。
私の心は、感じた事のない暖かさに包まれていた。この世界も……どこか別の世界の様な暖かさだった――。
私は、声にならない様な声――喉の、いや……心の奥底から絞り出す様な声を出した。その声から、涙がこぼれ落ちてしまうのではないかと思う程の、嗚咽の混じった声で彼に伝えた。
私は……幸せなサヨナラを告げる――。
「私と――私とっ! 一緒に居てくれてっ、ありがとうっ……!! ありがとうっっ!!!!!! アナタの事が……『大好きでした』――――」
その瞬間にはもう、私は光に包まれていた。アナタに届いたか分からない。本当は、知られちゃいけない『好き』という気持ち。
でも私は……後悔していない。私はこれからずっと、アナタに着られる事なく眠っているでしょう。でも、それで良い。私は、アナタとの3年の月日を忘れません。
アナタと出逢えて……良かった。本当に、ありがとう。
『人と人の出会いは、別離(わかれ)という最高のバッドエンドを迎える為にある』
『だけど出会いは、『出逢い』という人生最高のハッピーエンドの為の、必要なバッドエンド』
『心に残る想い出と、一生を共にする仲間と、出逢った時にはもう変わるんだ。涙と手を繋いだ、ハッピーエンドを引き連れた始まりなんだよ』
誰の言葉だったかな……もう忘れちゃったよ。でもこれは、アナタかもしれないし……私かもしれないね。
今日も、アナタの『行ってきます』を聞いて、眠りにつく――。
3年の月日を忘れない、私が眠りについてしまったとしても。私は……アナタの幸せを願い続ける。
3年の月日を忘れない。これから私が眠りについても。 吾輩は藪の中 @amshsf
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