第37話 帰ったら。

上野 桜子は泣きじゃくりながら必死に隊列に食らいついて行く。


先頭は残った三ノ輪 彦一郎と千代田 晴輝の事に憤慨しつつも谷塚 龍之介が「仕方ない。最善を選んでくれたんだ」と言って豊島 一樹から怒鳴られていた。


話を逸らす為に玉ノ井 勇太が「それにしても何故千代田は残ったんだ?」と言うと、この問いに上野 桜子が千代田 晴輝から聞いていた話をする。


中学になって認知症が酷くなった祖母の話。祖母と不仲の母親が逃げるように老人ホームに入居させる為の資金を稼ぐためにパートに出て、お金は貯まらないで着飾っていっている事。

父親は仕事のみで家の状況を改善しようともしない事。


千代田は志望校を家から近いと言うだけで東の京にさせられて、塾代も出して貰えない中で合格する為に必死に勉強させられた事、祖母の施設代だと言われて小遣いも少なくさせられた事。


頼れるきょうだいもおらず負担の全てが千代田 晴輝にのしかかってきた事。


そして千代田 晴輝が裏世界に召喚されて、千代田 晴輝が裏世界で何年も苦しんでいる中、表世界ではたった数日で母が介護に参っていて、手紙には千代田 晴輝への心配もなく、祖母の介護で大変な思いをしているとかそんな事ばかりが書かれていた事と、仮に死んだ時には手当が出るからそのお金で祖母を施設に入れる話だけだった事。


千代田 晴輝は動かなくなった右腕を見て帰還後に待つ日本での介護生活を想像して死を意識していた事。

そこにトドメのように突き刺さった手紙を読んで辛そうな顔で右手をもう一度見ていた事。


そこら辺を話すと群馬 豪は「…40年で日本に何があった?なんだそれは?」と不機嫌をあらわにして、戦場 闘一郎は「ヤングケアラーか…」と言った。


戦場 闘一郎の説明に群馬 豪は理解できない顔で「何でそうなる?」と聞く。


「簡単に言えば医療が発達して、今までなら老人が死ぬ病すら人類は克服している。

平均寿命なら群馬の時から10年以上伸びている。群馬がコルポファに来た頃は祖父母は?」


「父方の祖父母は共に60歳だった。母方は祖父が55の時に亡くなったが、祖母は61で健在だった」

「今はまだそこまでではないが、60…還暦もいずれ若いと呼ばれる年齢になる。だからこそ千代田の祖母のように認知症…、簡単に言えばボケる老人が増える。群馬の頃であれば老齢になって体が弱ればボケても寝たきりなんかが多かったが、身体が元気でボケてしまい徘徊をする老人なんかも現代には多い。そうなれば誰かが面倒を見る」


「それが千代田なのか?何故だ?確かに我々の頃も苦学生は多数いた。だが家族達の補助で負担は重くないはずだ」

「それが重い。千代田のようにきょうだいが居ないで1人で様々な重責を背負うケースが多い。きっとこのコルポファで亡くなった南北高校、東武学園、荒川さくら高校、東の京高校、京成学院の生徒達もひとりっ子が多数居たことだろう。

私見だが現代人は代替わりが苦手なのだと思う。だから還暦でも現役の第一線で活躍する者もいる。そうなれば上の世代を面倒見る者がおらずに負担が下に下にとなってしまう」


この説明に群馬 豪が黙ってしまうと大塚 直人が「じゃあ帰ったら千代田の家に行ってそのバカ親に文句言おうぜ!」と言う。


それに豊島 一樹が「俺も行っていいですか!?」と聞くと大塚 直人は「おう!上野さんも行こうぜ!」と言って上野 桜子を誘う。


「私?」

「そうだね!皆で行って文句を言おうよ!上野さん!行こう!」

これに一瞬躊躇をしたが上野 桜子は「…うん」と言った。


「帰ったら何するか話そうぜ!俺達は千代田の分まで帰る!」

「そうっすよ!」


皆が明るく盛り上がる中、玉ノ井 勇太は「あー…、帰ったらか…桔梗を幼稚園に入れなきゃ」と言うと草加 岬が「それだよね。急に同い年の子達と合わせてやっていけるかな?」と言う。


「うわ…、重っ」

「とりあえず桔梗を動物園とか遊園地って楽しい事にしましょうよ」


「豊島って遊園地行きたいの?」

「あ!大塚さん!一緒に遊園地行ってナンパしましょうよ!フラれたらジェットコースターで「チクショー」って言って大笑いしましょうよ!」

盛り上がっていたのに大塚 直人がテンション低く「……そうだな」と返す。


「あれ?遊園地嫌いっすか?」

「いや、久しぶりでナンパすんのが怖い。フラレ記録更新とか嫌すぎるだろ?」


豊島 一樹が人懐っこい笑顔で「えぇ〜、コルポファ耐えた俺達ならきっと格好良くて逆ナンされますって」と言うと大塚 直人が「そうか?じゃあ行くか」と言って豊島 一樹が「はい!」と言う。


それを聞いている町屋 梅子、王子 美咲、早稲田 七海は「頑張れよー」「私達もついて行ってフラれるの見ながらチュロス食べようよ」「チュロス!」と言って笑う。


「ひでぇ、それなら俺達とデートしましょうよ!」

「やだよー」

そう言って盛り上がる中、梶原 祐一が「後、三ノ輪先生の家にも行かないとな、俺たちを逃すためにコルポファに残ってくれたってな」と言って宮ノ前 桜が「うん」と言った。



夜明けまでは追っ手を振り切ろうと言う話になり微速でも前進を続ける。


歩きながら戦場 闘一郎が「この世界は乗り物はどうなっている?」とプリンツァに確認をする。


「乗り物?」

「長距離移動を行う際に人はどうしている?」


「ああ。四つ足の馬を表世界から連れてきて亜達に育ててもらっています」

「馬で追走の可能性はあるのか…」

この言葉に群馬 豪が「どうする?」と聞く。


「この先にトラップに向いた場所があれば馬には悪いがトラップを仕掛ける。後はあわよくば…」


「何かあるのか?」

「ああ、あの姫が想像以上に愚かなら可能性はある」


「それはこちらからどうにかできるのか?」

「いや、運次第だな…」


話しながら山を半周して北を目指す。

徐々に空が明るくなってくると改めて周りの景色がよく見える。


呆れるほどの地平線。

「トラップを仕掛けられる場所も身を隠す場所もない」

「これはまずいな」


唸る戦場 闘一郎と群馬 豪。

ここでエグスが「追いつかれたらエグスがスタークを出してやる!」と言う。


「確かにそれも手だがスタークはどうなる?」

「ん?近場の奴から順に倒す」


「…もし敵が全滅をしたら?」

「近くの人間を狙う」


戦闘力の無いコルポファの連中が倒されるとスタークがこちらを狙ってくる。

暗にそう言っている訳で戦場 闘一郎が「エグスはスタークを止められるのか?」と確認をする。


エグスの返事は「無理だ。出す事は出来るが消すことはできない」と言うものだった。


「…かなり危険だな」

「戦場?」


「最悪はエグスにスタークを呼んでもらうが、その直前まで俺か群馬でエグスを抱きかかえて仲間達は全力で先に逃す。そしてギリギリでスタークを配置したら全速力で振り切るしかない。追手を退けてもスタークとの戦闘は危険すぎる。弾薬が足りなくなる」

この説明に群馬 豪は「使えて一度だな」と言って地平線の先を見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る