第8話 これなら、アタシにも出来るじゃん
習い事をさせた母は、ごく平凡な人だった。なんでも出来る訳で無く、上手にこなせる人でもなかった。
厳しくしつけた父も、口が悪くなるし、物を乱暴に扱っていた。
自分に出来ない事を、我が子に託し、習い事やしつけに関して、まるで分かっていないアドバイスを、くどくど続けた。
赤い夕陽が石畳に染みこみ、噴水が時折きらきらと輝く。辺りは静まり返っていて、石のベンチには空を見上げてぼんやりとしている茜がいた。
あれから試しに家の中に入ったが、どの部屋もほこりやクモの巣だらけで、使える家具などまともに残っていなかった。全ての部屋を見て回って、使える物をかき集めればどうにかなりそうだったが、今の彼女に明日への活力など無かった。
「・・煙草、吸いたいな・・・」
どうしようもない現状をせせら笑って呟き、石のベンチに横になる。
足を揃えれば両方乗りそうだが、堅苦しかったので片足はベンチから放り出して、手を伸ばす。
「・・・死にたく・・ない」
芯のある一言、それは彼女の本心だった。
今までの人生を振り返って、心底くだらないとは分かっていても、それを否定しようとして非行に走っても、くだらなさに拍車をかけるだけだった人生。こんなものが自分の人生だなんて、認めたくない。
空を流れる赤い雲を目で追っていると、突然何かが落ちる音がした。
ガチャリとした金属音のやかましさに眉間に皺を寄せながら体をのそっと起こして、何が落ちたのか見た時、茜は全身に悪寒が走った。
それは、ナイフとフォーク、両刃の剣。これは忘れられない、あの時消えた物だ。
「これ・・!なんでこんな所に!?」
立ち上がり、恐る恐るフォークを拾うと、僅かに肉汁すらついている。
「消えてないなら・・どこにあったの?」
彼女の脳裏によみがえる、ノチェロの言葉。
「ははーん?なんだ、これなら得意じゃん?」
何となく自分に与えられた異能が分かった気がして、茜は得意げにフォークを振ったり軽く上に投げて3回転させてからキャッチして遊ぶ。
その中で、キャッチしたフォークが消える。
「で、こういうことでしょ」
茜が、ある行動をした瞬間、彼女の手の平に消えたはずのフォークが現れる。
不敵な笑みをたたえ、軽くステップを踏みながらおどけた仕草で剣とナイフも拾って消してから、茜は歩き出した。
茶色いセミロングを手の甲で撫でた時、茜の手の平からナイフが落ちたが、彼女は気にせず、静かにその童顔を微笑えませていた。
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