第5話 アタシは、生きる

 万人に好かれる人なんていない。なんでもできる人もいない。

 逆に言えば、万人に嫌われる人もいないし、なにもできない人もいない。

 だが茜は、初対面だろうが相手の事は基本的に嫌いだった。



 ディーゼルの手に握られていた剣が消え、2人の頭の中が一瞬真っ白になる。

 何が起こったのか。互いがそう考えている間に、茜はしめたと立ち上がった。

 「どーよ!?これがアタシの異能!次は・・何を消そうかしらねぇ?」

 茜が小さな手の平を彼に向けながらにじり寄ると、ディーゼルは恐怖に顔を歪めながら一歩、また一歩と後ずさる。

 「く、来るな・・近寄るなぁ!」

 大の男が、鎧に身を包んだ屈強な男が、ただの女子高校生に怯えている様が、あまりにも可笑しくて、茜はにやにやと妖しい笑みを浮かべる。

 「あれぇ?殺すんじゃなかったのかなぁ?ほらほら、また殴れば?」

 相手をからかうように、手の平を軽く振る度に、彼の体が大きく後ずさる。



 「そ、そうだ!」

 だが、いつまでも年端のいかない少女に押されている彼では無かった。

 何か妙案を思いついたのか、顔を強張らせながら必死に笑顔を作る。

 「そんなに強力な異能があるのなら、正式な戦士にならないか!?食事も、衣服も、住まいも!私たちが提供させてもらおう!」

 彼の提案に思わず足を止めた茜、彼女の動きの変化を見逃さずにディーゼルが畳みかけた。

 「君はこの世界の事を知らないだろう?どんな危険があって、何をすれば生きていけるのか。私たちが、その世話をしよう!伝説によれば、役目を終えた戦士たちは本来、元の世界に帰ると言い伝えられているんだ!」

 苦しい言い訳にも聞こえるが、元の世界に帰れるという言葉に、茜は興味を示す。

 「・・それ、ホント?帰れるって」

 「あぁ!そうだ!」

 「でも、今悪さをしてるのって、帰るはずだった人たちなんでしょ?」

 「だからこそ!困っているんだ!」



 相手の弱みを見つけたかのように、茜が鋭い一言を浴びせた瞬間、ディーゼルは、言い訳とも違う叫びを上げた。

 「君に分かるか!?ある日突然、力とも魔法とも違う、謎の異能を持った者がやって来る恐怖が!私たちの命は、どこの誰とも知らない誰かの気まぐれに左右され、酷い時には街ごと吹き飛ばされる!しかも相手は同じ姿をした人間、これじゃあ・・・魔物を倒していた時の方がマシだ!」

 茜はまだ、ディーゼルの事をよく知らない。この世界の事も、その内情も。だが、彼の叫びには、胸の内に秘められた思いのようなものがあるような気がして、この話だけはちゃんと、向き合って答えなければならないと、茜の中の何かが彼女に訴えかける。

 「・・わかった・・・」

 ぼそりと呟き、茜は両手を降ろした。

 「今の話、何かこう・・ぐってくる感じだった。でも、アタシはアタシなの。アンタの事も、この世界も知ったこっちゃない」

 彼女の言葉に、神妙な表情で立ち尽くすディーゼルの横を、茜はすっと歩き去る。

 「もう、アタシに関わらないで。アンタの話とご飯と服、これで殴ったのはチャラにして忘れてあげるから」

 部屋のドアノブに手を掛け、かちゃりと回す音が、虚しく部屋に響く。

 「・・これから、何をするんだ?」

 「生きる。それだけよ」

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