第3話 あれ?どこいった・・?

 その後茜は、ちゃんとした衣服を渡されてディーゼルと食事をした。

 いつか絵本で見たような中世のお城の中で、まるでお嬢様のように扱われるのはとても嬉しかったのだが、ディーゼルが口にした言葉だけが引っ掛かっていた。



 「あの・・その、ノチェロっていうのは・・一体?」

 「あぁそうですね、あなた方には説明が必要でしたね」

 少し獣臭さが残る肉のステーキ、濃厚なスープ、硬い水、芳醇な香りのするパン。どれもこれも美味しかったのだが、未体験の味付けに茜はたじろいでいた。

 「この世界にいる3体の神ですよ。力の神カクタス、知識の神ラスティ。そして、誠実の神ノチェロ様。かつてこの世界で猛威を振るっていた魔王を倒すため、カクタスとラスティは別世界から戦士を呼び、その者たちに異能を授け、平和をもたらすために戦っていたのです」

 慣れた口調で話していたディーゼルの表情が、次第に強張っていく。

 彼は俯き、震えた声で続けた。

 「しばらく前に魔王は倒されました・・ですが、役目を終えたはずの戦士たちはこの世界に留まった。そして、異能を使って私利私欲の限りを尽くし始めたのです」

 フォークの切れ味が悪いのか、肉が硬いのか、上手くステーキを切れずに苦戦する茜は、一応返事を投げる。

 「それはたいへんですね」

 「今では大分平和になりましたが、あの者達を倒すには、やはり異能を持つ戦士が必要だと・・ノチェロ様が新たに、戦士を呼ぼうと2体の神に提案したのです」



 ゆっくりと顔を上げたディーゼルは、自分の話に全く興味の無さそうな茜を見て、一瞬眉間に皺を寄せたが、咳払いをして気持ちを落ち着かせる。

 「ステーキが・・切れませんか?」

 「えっ!?あぁ・・いえ!とても苦労なさったんですね!」

 ディーゼルの我慢に限界が来た。

 彼は勢いよく立ち上がって椅子をはるか後方に飛ばし、茜の元に鎧がぶつかり合う音を立てながら詰め寄った。

 当の本人は、未だにきょとんとした顔をしているので、ディーゼルも言葉を選ぶ余裕が無くなる。

 「して、あなたの異能は?」

 その童顔を活かした愛想笑いを浮かべてみたが、ディーゼルの強張った顔にまるで変化が無かったので、茜は手にナイフとフォークを持ったまま冷や汗を垂らした。

 彼の話が本当ならば、自分は死んでしまい、異能を使って悪さをする人たちを倒す戦士としてこの世界に飛ばされた。その際に、自分も異能を授かって。

 だが実際のところ、そんな物を本当に渡されたのか彼女に自覚は無かった。

 「異能・・ですよね?ありますよ!?」

 口から出まかせを言ってはみたものの、ディーゼルの機嫌は変わらない。

 「だから、それはどんなものなのかと聞いています。口で言うだけでなく、実際に動くという事をなさらないのですか?そちらの世界とやらでは?」

 明らかに棘のある言葉を浴びせられて、茜の胸の中に苛立ちがふつふつと湧き上がる。

 彼女からすれば、そんな神だの世界だのは、全く関係の無い話だった。

 「な・・なら!?」

 それでも今は、この場をしのぐためにディーゼルをどうにかなだめないといけない。何故なら彼の手は、腰に下げた剣の柄に触れていたからだった。

 精一杯元気良く立ち上がって両手を広げた時、茜は違和感を感じてそっと、自分の両手に目を配る。

 先程まで持っていた筈の、ナイフとフォークが消えていた。

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