第2話 ノチェロ・誠実の神

 母親は、幼い茜に習い事をさせた。父親は、厳しく教育をしていた。

 将来、色んな事が出来た方がきっと茜のためになる。

 将来、どんな人から見られても立派な人だと思われるように。

 そんな2人が、茜は大嫌いだった。



 白い光が彼女の視界を埋め尽くし、気づいた時にはまた違う景色が眼前に広がっていた。

 そこは、一面の青い草原だった。

 気持ちの良い風が吹き、太陽はきらきらと輝いて、小鳥のさえずりも聞こえてくる。風が運ぶ、土と草木の匂いは、心に染み渡って何だか和やかな気分にさせてくれるはずなのだが、今の高橋茜にはそんな余裕は無かった。

 「今度は・・どこだよ・・・?」

 見るでもなく辺りを見渡した時、茜は自分の服が変わっていることに気づく。

 何だかごわごわした肌触りの服は、古臭い見た目をしていて中世を思わせる。

 「ざっけんなよ・・・アタシの制服はどこだよ!?なんだよこの服ぅ!」

 怒鳴り声に続けて、茜は気が済むまで草原で叫び続けた。

 お前は死んだ、異世界に飛ぶ、後始末。先程男に言われた言葉が、頭の中でぐるぐると回っていくが、考えても考えてもまるで意味が分からない。

 胸の中の嫌な感情を少しは吐き出せたのか、叫びが言葉に変わる。

 「一体!何がどうなってるん」

 だがその言葉も、後頭部に走った鈍い痛みと共に消えてしまった。



 次に目が覚めた時、茜は薄暗く、丸石の壁に覆われた部屋にいた。

 椅子に両手足を鎖で拘束され、まだ視界も定まらない中、向かい側には鎧を着た男が神妙な面持ちで自分を眺めている。

 「だ・・だれ・・?」

 か細い声を何とか出して、茜は自分の意識を戻そうと深呼吸を始めた。

 「私は、ディーゼル。君に質問があるんだ」

 髭を蓄えた彼の低い声は、高圧的では無かったが、自分の扱いに不満を感じた茜は目をキッと結んで彼を睨みつける。

 ディーゼルは彼女の態度に呆れた様子で溜息をこぼしてから、3枚の羊皮紙を机の上に出した。

 「このどれかに、見覚えは無いかな?」

 どこか不安げな彼の声。

 茜は戻りつつある意識を奮い立たせて大きく息を吐いてから、ディーゼルが出した羊皮紙をじっと見つめようと顔を近づけた。

 セミロングが視界や頬に重なったので、頭を振って髪をどかしながら見ていると、1枚だけ見覚えのある顔があった。

 「こ・・こいつ・・・!」

 気つけには持って来いのその顔は、灰色の世界で会った道化師のような恰好をした男だったが、何故か羊皮紙に掛かれた姿は神聖なローブを着ている。

 「おぉ!そうか!良かった・・!」

 「・・は?」

 とても嬉しかったのか、ディーゼルが手を叩くと部屋の外で待機していた鎧を着た兵士が2人入って来て、茜の鎖を外し始める。

 「ならば君が、ノチェロ様に選ばれた戦士なんだね!」

 「ノチェロ?」

 「そうさ、誠実の神であるノチェロ様さ!」

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