49.気にしない彼

 私は、トゥーリンの定食屋で働いていた。

 とても厳しかった昼間を終えて、今は夕方だ。そのため、少しだけ落ち着いている。

 そんな定食屋に、落ち着けない人が来た。それは、ドルギアさんである。


「おっさん、あんなことがあったのに普通に来るのかよ」

「なんだ? 悪いか?」

「いや、悪いとは言わないが……」


 私もナーゼスさんも、彼には少し呆れていた。あれだけのことがあったのに、普通に店に来るというのは、少し驚きである。


「そもそも、俺とお嬢ちゃんは何かあった訳ではないだろう?」

「え?」

「だって、俺はお嬢ちゃんに友好的に少し話を聞いていただけだ。そうだろう?」

「それは……そうですけど」


 ドルギアさんの言葉に、私は反論できなかった。確かに、私はそのように体裁を保っていたからである。

 ただ、それが嘘であるということは、ナーゼスさんも含めて皆わかっていることだ。それを言うのは、少々卑怯ではないだろうか。


「大体、どんな事情があったとしても、どうして俺が行きつけの店から離れなきゃならないんだ。今の俺は、プライベートで来ている。それでいいだろう?」

「おっさん、この間はプライベートと見せかけて、そうじゃなかったじゃないか」

「今回はそうじゃない」

「それが、信頼できるかは微妙な所だな」


 実際の所、ドルギアさんがどういう理由でここに来たのかはわからない。

 私の監視が目的である可能性もある。だが、彼が言っている通り、プライベートという可能性もあるのだ。


「言っておきますけど、別に逃げるつもりはありませんよ」

「わかっているさ。お嬢ちゃんは、逃げない。こんな風に、監視する必要なんて、本来はないんだ」

「おい、おっさん、今監視って言ったな?」

「言葉の綾さ」


 私達に対して、ドルギアさんは楽しそうな笑みを浮かべる。彼のいつもの笑みだ。

 その笑みの裏に何があるのかは、案外わかりにくい。彼は今、どういう気持ちで楽しんでいるのだろうか。それは中々、気になる所だ。


「まあ、俺がどのように考えているにしろ、まさか何もしていない客を摘まみ出すなんて真似はしないよなぁ?」

「それは、もちろんそうだが……」

「それなら、普通に接客してくれよ。いつも通り、ただの常連としてな」

「まあ……仕方ないか」


 ドルギアさんの言っていることは、正論である。彼が何を考えていても、私達は普通に接客するしかないのだ。


「それじゃあ、いつものよろしく頼むぜ、ナーゼス」

「わかったよ」


 ドルギアさんの言葉に、ナーゼスさんはゆっくりと頷いた。

 こうして、私達は少し警戒しながら、ドルギアさんの接客を行うのだった。

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