「君の代わりはいくらでもいる」と言われたので、聖女をやめました。それで国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
1.そこまで言うなら
「嫌ならやめてもらっていい。君の代わりはいくらでもいる」
上司である第三王子のグーゼス・ズウェール様の発言に、私は唖然としていた。
私の代わりはいくらでもいる。まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。
今まで、私は王国のために聖女として働いてきた。しかし、それはまったく評価されていなかったということだ。
そう思った瞬間、私の中で何かの糸が切れた。今まで頑張ってきたことや、誇りというものが、全て心の中から消えていく。
「わかりました。それなら、やめさせてもらいます」
「何?」
私の口から出てきたのは、そんな一言だけだった。
それからのことは、あまり覚えていない。辞表を書いてそれを残して王城を後にした。それが、事実としてあるだけだ。
◇◇◇
私は、ゆらゆらと町中を歩いていた。
王都の大通りということもあって、辺りは賑わっている。見かけ上は、豊かな王国であるだろう。
しかし、その裏にどれ程の犠牲があるのか。それをここで賑わっている人達は理解してないだろう。それを理解しているのは、あの王城で勤めていた人だけだ。
「……思い返してみれば、最悪な場所だったなあ」
私は、王都にそびえたつ王城の方を見た。
あそこに、いい思い出はない。辛く苦しい日々だけが、私の中から蘇ってくる。
出て来てこうやって見てみると、どうしてあんな所に留まっていたのかわからなくなってきた。最悪な場所だと思っていたのに、やめるという選択肢が中々取れなかったのは、どうしてなのだろうか。
「まあ、そんなことを思っても仕方ないことか……」
疑問はあったが、それを気にしても仕方ないだろう。私は、もうあの場所にいない。それが、紛れもない事実だ。
考えるべきは、これからのことだろう。どうするべきかを、私は考えなければならない。
「……」
王都の賑わいを見ていて、私は少し苦しくなった。
この賑わいの裏で苦しい思いをしている者達のことを思うと、息が詰まってくる。それが、嫌で私はある結論を出す。
「出て行こう……こんな王国にいたって、意味はないんだから」
私は、この王国を出て行くことにした。
この劣悪な王族が治める国にいる意味はない。そのように結論付けたのだ。
幸か不幸か、私には家族もいない。この王国に留まる意味は、特にないのである。
「……少し気掛かりはあるけれど」
未練があるとしたら、王城で一緒に働いていた人達のことだ。
彼ら彼女らも、私と同じように苦しい思いをしていた。そんな人達のことだけは、少し気になる。
だが、私はもうあの王城に戻ることはできない。戻ったとしても、家族もいるあの人達の人生をどうこうできる訳でもないだろう。
「ごめんなさい……」
私は、王城に向けてゆっくりと頭を下げた。
あそこにいる人達のことを私は見捨てる。その謝罪を自己満足であろうともしておこうと思ったのだ。
願わくは、彼らも幸せな道を歩んで欲しい。そんな風に思いながら、私は王都を後にするのだった。
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