『2』
汐の香り、肌にあたる湿気を含んだ温かな風、潮騒の響き。ただただ2人は佇む。こうしていると本当に現実と変わらぬリアルを体験できる。少し遠くを見るとポツンと一つ島があるだけで、その他には砂浜が広がり、漁師もいるのだろう、いくつかの船が停泊しているだけだ。
「仮想空間だけど、やっぱり本物みたいな感じがするのね。うーん、それにしても久しぶりに海にきたって感じ。中学の夏合宿以来かなぁ」
「俺は部活にも入ってなかったしそんなに感慨深くはならないけど…まぁ、たまには良いなこういうのも」
「もし戻ったら…海とか色々行こうよ。あ…これ死亡フラグってやつ?」
「洒落になんないぞ…それ。って、あそこに樽が漂着してるけど…なんか動いてないか?」
砂浜と緑の境目、そこには人がしゃがめば余裕に入りそうな樽が漂着していた。ガタガタとなっていて、やがて動きが止まってしまった。
「誰か島流しにあったのかもしれない。ちょっと助けに行ってみるか。…万が一のために戦える準備だけしてくれないか」
「わかったよ。後ろで控えておくね」
樽を浜に引き上げ、短刀を取り出し蓋にねじ込んで開けてみる。パキッと音がすると中から人が雪崩れるように倒れる。
「うみゃぁ…」
「お、おい大丈夫か!」
「た、助かったにゃあ…」
中から出てきたのは手枷をつけられ、みすぼらしい服をした猫耳…ネコミミ?
「その子大丈夫?…ねぇ、これって獣人ってやつかな」
「多分そうだけど…とりあえず水が何かあげないと」
水を差し出すと、「んぐっんぐっ」と勢いよく飲み出すネコミミさんは、飲み干したタイミングで土下座をする。
「突然で申し訳にゃい!!あの島にいる田門丸を…助けて欲しいにゃ!!」
話を聞くと彼女はどうやら遠くのぽつりとある島から逃げ出したようで、田門丸と呼ばれる男と共に捕まっていたようだ。そしてハッとして、ゆっくりと経緯を話し始める。
「にゃあはシャオリン。漢字で書くと小鈴にゃ。…お師さんに言われて武者修行中の武闘家にゃ。田門丸は野盗に襲われたにゃあを助けてくれて、今は多分あの離小島で幽閉されているにゃ」
小鈴曰く、はるか昔は獣人も人も大差なく生きていたが、少し前から獣人同士の子も獣耳を持たず生まれてきて、今ではめったにいることはないそうだ。しかし、小鈴は隔世遺伝か何かで獣耳を持って生まれて来たそうだ。
獣耳を持つ子は獣の力を宿し、常人以上の力で身体を動かしたり、物を運んだり、特殊な技能を有することもあるそうだ。
物珍しさからか裏では奴隷や娼婦として連れてかれることも少なくないらしく、普段は手拭いを被り武者修行に励んでいたが、野盗に襲われた際に手拭いが落ちてしまったのだった。
「で、あそこがアジトってことか」
「アジト…?」
「あぁすまん、拠点だな。…初戦闘が人間相手か」
「まったく…こんな子を攫おうとするなんて許せないわ」
「…もしかしてにゃあを手伝ってくれるにゃ?」
正直、この世界で戦ったことなどないが、それでも人としての正義感だろうか、それとも城主として近くに脅威があるのが見過ごせないのか九十九は少しだけ憤っていた。
「…あぁ、いずれはそういう奴らと戦う羽目になるわけだしな。こう見えてデイダラボッチを単独で撃破したこともあるからまかせろ」
「にゃにゃっ!?」
勝算はなくも無い。現実世界の自分はオタクで運動もあまりしない人間だったが、この世界においては違う。幸いここに来るまでにスキルも問題なく発動できるし、何より生命力、霊力も満タン。それと潜入は元忍者にとって十八番だからだ。
「だけど、さすがに真昼間に船を出して行っても、敵からすれば格好の的になるからな。銃でも持ってたら沈められかねない」
「じゃあ…夜に決行するのね。でも、夜だと全く見えなくなるのはこちらも同じじゃない?」
あ、そうかと気づく九十九。松明を持っても昼間と同じことになるし、何よりこちらも船を出すのは難しい。
「なら…にゃあが船頭をするにゃ。猫だから夜目は効くから、全くもって問題ないにゃ」
「それは助かる。よし…夜になったら決行する。それまでは小鈴の介抱をしながらあっちの漁師小屋で時間を潰そう」
「本当にかたじけにゃい…」
また土下座する小鈴を宥め、近くの漁師小屋に移動する。そして夜まで持ってきたおにぎりを食べつつ時間を潰していった。
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