『3』

 夜の帳が下り、辺りは暗闇に包まれる。もちろん街灯はないため、最果城下も見えてはいない。それでも、島の方はぼんやりと火が立っているのか見えなくも無いようだ。



「そう言えば、門番の田中さん怒ってるかもなぁ。とりあえず海に行くとは言ったけれど、まさか夜になっても戻ってないとは思ってないだろうし」



 NPCでもコミュニケーションは取れ、それぞれ個性豊かな感情を持っている。これがプログラムとは思えないほどに。だからこその完全憑依型ゲームと言わしめた鳴神大戦記なのだと再確認させられる。



「それはそれとして…さて、乗り込みますか」


「小鈴ちゃん、もし危なくなったら撤退もあり得るけれど…そうなったら船を出して最果城の社奉行所に依頼してね」


「わかったにゃ…でも、必ず田門丸を救ってみせるにゃ」



 3人は小声でいるはずもない漁師に借りますとだけ告げて沖へと船を出す。波はなく、ほぼ凪と言っても問題ない状態で、船はゆっくりと島を目指す。ぼんやりとした灯りを頼りに進んで、時折夜目の利く小鈴の指示で島の裏手側に接岸することが出来た。



「ここからは俺の本領発揮だな。入口の奴らを仕留めたら合図を送る。小鈴はそれを七海に伝えて後ろから着いてきてくれ」


「がってんにゃ」


「わかった。…無理はしないでね。レベル差とかわからないから」


「まかせろ…それじゃ行ってくる」



 潜入開始。城下町からこっちに来る際には忍者服だと目立つため、町民と同じ服を着てきたが、戦闘になると言うなら話は別だ。職業は殿ではあるが、今までの職業の技能は問題なく使えるため忍び装束に着替えておいた。



「服の着脱やら武器の変更は戦闘中はできないだろうし…着替えておいて正解だな。プリセット登録してたらすぐに切り替わるのもゲーム世界と同じってことか。だけど、一回装備してプリセットに保存しないと普通に脱いだりしないといけないのは現実と変わらないもんな…。そろそろ行くかーーーーーー」



 職業適正値を上げることで入手できる技能のほぼ全てがパッシブスキルとして扱われる。しかし、技と呼ばれる攻撃行動などは霊力を消費して使わなければならないため、いかにして消費させずに敵を殲滅するかが肝になる。それでも今回は速さが重視されるため、惜しみなく使わせてもらう。



「くらえ…【首刈】!」



 影から迫る黒の衝撃。まずは手前にいる野盗を一太刀で首を取り、血飛沫が地面に落ちる前に即座に奥の野盗に接近する。クールタイムがあるため、【首刈】は連続して使えないが、奥の敵には通常攻撃で胸に突き刺す。反撃を嫌い、胸から顔にかけて小太刀を振り上げ、その反動で敵を海へと蹴り飛ばす。まさに一撃必殺の所作で目の前の2人を殲滅してみせた。



「はぁ…はぁ…リアルすぎるなこれ…。だけど、割り切るしかない。敵は自我はあるけれど、それでもNPCなんだ…。この世界を攻略したら跡形もなくなる」



 それは小鈴を含めてそうなるはずだ。だからこそ、会ってすぐの子に肩入れした自分と、目の前の光景に吐き気が出る。


 ゲーム世界だと人型の敵でも生命力がなくなればホログラムの塵となって消えてしまうが、この世界だとそうはならない。首は絶断されるし、死んだものは消えずそこに残る。まったくもって趣味の悪い世界を作ったものだと二神藤吉郎に文句も言いたくなる。


 もう一人の遺体を海に放り込み、周りを索敵するが、誰も近づいてくる様子はない。それどころか洞窟中からは笑い声と喋る声が聞こえてくる辺り、中で酒盛りや金品を並べているのだろう。問題なしと判断して2人に灯籠で合図を送る。



「今、九十九から合図があったにゃ。上陸して入口の方へ…ちょっと待つにゃ!誰か近づいてくる!」



 小さい酒樽のコップで酒を飲みながら1人近づいてくる。目が合うとニタリとこっちを見つめて距離を詰めてくる。



「おやおや、こいつはさっき逃げられたニャンコちゃんじゃねぇの?まだ島に残っていたとは思わ…ん、誰だそこのねーちゃんは?あぁ、援軍呼んできやがったのか…めんどうクセェ。が、この暗闇なら俺でも倒せるかもなぁ。2人まとめて俺の愛玩奴隷にしてやんよ」



 口を拭い、腰にある短刀に手を伸ばして構える。野盗は夜目が利くのだろう、優位性はこっちにあると踏んで襲い掛かろうとする。すると七海が刀を抜いて対峙する。隙の無い構えに一歩下がる野盗。すると七海は小鈴に声をかける。



「小鈴ちゃんは先に行って。私のことは心配しないで。九十九と合流したら少し遅れるって言ってて」


「でもーーーーーーううん、わかったにゃ。早く戻ってくるにゃ」



 すぐに飛び出して九十九の方に行く小鈴を野盗は目を追うだけでそこに留まる。人を襲う修羅場を潜っているのだろうか、こちらを観察して無理に距離を詰めない。



「まぁ、どうせ中の奴が捕まえるだろうさ。それより、てめえをひっぺがして命を懇願するように犯してやりてぇな…!ここは洞窟から死角になっているから、今更あの猫娘を呼んでもこれねぇと思うがな!」


「ゲスがーーー誰がお前なんかにやられるもんか。ふぅ…一ノ瀬七瀬、参るーーー!」



 刀を中段に構えて射抜くような視線を送る。相手も攻めあぐねているか、少しだけ身体が強張っている。しかし、均衡は直ぐに崩れる。野盗は石を蹴り上げ七海に当てようとしてくる。飛んでくる石を最低限の刀捌きで弾くが、すでに男は短刀を持って突っ込んできている。



「ひはは!!殺ったーーー!?」


「うげ…ゲームと違って本当に切れるんだ、…うぅ、感触気持ち悪い」



 名もなき技。石を弾くと同時に剣先を下げて一気に上方に切り返す。短刀を持った手はくるりと宙返りして地面にドサリと落ちる。



「ーーーーーーあっ」



 切り返した刀を身体のひねりで一気に戻す。その遠心力を利用して一回転しながら相手の脇から一直線に身体を削ぎ落とした。肉塊はぼとりと落ちて、だくだくと血を流して痙攣する。やがてこと切れたかついぞ動かなくなった。



「…これがこの世界の常識なんだね。本当に現実そのもの…。次は私がやられないようしないと」



 血のりを振り飛ばし、刀身に残った血を手拭いで拭う七海。一連の動作を終えると、他に敵がいないか注意してゆっくりと入り口へと向かうのだった。

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