第3話 紺、かくれんぼ。

紺が家に来て一週間が経った。

「紺、行ってくるね。」

今日から私がいない時間の紺の行動範囲を広げた。

最初は慣れてもらうために、私がいない間はリビングのみ。私がいる間は全部屋行けるようにしていた。

紺は賢い猫で、ちゃんと決まった場所でトイレや爪とぎをしてくれる。

悲しそうな鳴き声をこぼす紺に見送られながら私は部屋のドアを閉めた。



「おはようございます。」

「唯、おはよう。」

「天野さん、おはよう。」

出勤すると、既に未桜さんと佐野さんがいた。

佐野さんは、この店の店主。佐野さんの作る洋菓子は地元ではすごく有名で繫盛期は猫の手も借りたいくらい混雑する。

そして未桜さんは私の2つ上の頼れるお姉さん的存在。休日もよく2人で出かけたりする。

「今日は紺君見送ってくれた?」

紺の事は拾った翌日に2人に話した。

そしたら、餌やらおもちゃやらと色んな物をくれた。

遠慮したのだが、紺の為だからと強く押し付けられた。

佐野さんに至っては、悪いところがあったら大変だと友人の獣医師まで紹介してくれた。

その獣医師さんも優しく、佐野さんからの紹介だからと無料で診察してくれた。

紺の存在は、私だけでなく周りの人にもかけがえのない存在となっている。

「今日も悲しい瞳に見つめられてきました…。でも今日からいない間も行動範囲を広げようと思って、どの部屋にも行けるようにドアを開けてきました。」

「そうなんだね。ストレスとかは感じてなさそう?」

「やっぱり私がいないと少し寂しいのか、日によっては物が床に落ちてたりすることはありますね…。」

本当はずっと一緒にいたいが、働かないと自分も生きていけなくなる。

あぁ…早く退社時間になってほしいな。

「紺君もお留守番頑張ってるんだから天野さんも頑張ろうね。」

佐野さんに優しく肩を叩かれ、私は返事をしながら頷いた。




「紺、ただいまっ!」

玄関を開けて紺を呼ぶ。返事はない。

「紺?」

ドアの開いているリビングを見に行くと紺の姿が無かった。

いつもなら名前を呼ぶとすぐに駆け寄ってくるのに今日はない。

リビングにいる気配がなく、ほかの部屋を探すことにした。

寝室、洗面所、キッチン。

全て探したが紺の姿が見当たらない。

もしかして外?

いやいやそんなわけない。玄関のドアも窓も全部閉まっている。

でも紺が見つからないのも事実。

「紺、どこなの…。」

悲しさがこみあげてきて声が震えて、私はベッドに顔をうずめた。

「ニャー…?」

え…?

「紺…?」

「ニャー」

寝起きなのか、目がトロンとしている紺が顔の目の前にいた。

「紺っ、どこにいたの!心配したんだから…!」

「ニャー」

私の心配をよそに、嬉しそうにすりすりしてくる。

私はそんな紺を抱きしめた。


紺は私が見つけるまでずっと私の布団の中で眠ってたらしい。その証拠に私の布団の一部が温かった。

ある意味本当の初めてのお留守番は、ハラハラのかくれんぼで幕を閉じた。

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