第4話 凛との出会い

 葵は神隠しの滝の滝壺と白い球体の話が気になり、ある日、朝早く滝壷に行った。


滝の上から見下ろすと、30m程の大きさの滝壺で、中央部分に白い物が見えるが、滝から落ちる水の泡と重なりぼやけて見えていた。


滝壷の廻りは背の高い草が生え、滝壷に行く細い道が見えた。


その道の滝壷に近い所に、白い寝着の若い娘が坐っていた。


葵は様子がおかしいと感じ、滝壷に降りて行った。


娘は目が虚ろだった。側に行き両肩に手を掛けると、葵に凭れかかって来た。

思わず倒れないように抱きしめると、全身が塗れていて、何とも言えない臭いがしてきた。


その臭いを嗅ぐと、葵はその娘を愛しく思ってしまった。


気を失っている娘を抱きかかえた。抱けるかな? と思ったが、軽く感じた、倍の能力があるからだった。


家に連れて帰って、囲炉裏のある部屋でゆっくり降ろし、横にさせた。


父親と菊婆が驚いてやって来た。


「どうした?」と父親が聞いた。


「滝壷で気を失っていたので連れて来ました」


「あれ? この子は隣村の小作人の娘の凛さんだよ、綺麗な顔をしているので分かった。前に嫁の話があり、一度だけ会った事があり覚えていた」と菊婆は顔を覗きこんで話した。


「それで嫁の話は如何なったの?」


「それが凛さんの家が去年、農作物が不作で今年一年食べられなくなった。それで凛さんが奉公に行くことに決まったが、母親の体調が悪くなり、母親の面倒も見られる近くに嫁に行きたいと、それで私の処に話が来たが、皆、条件が合わなく駄目でした」


「この子は幾つなの?」


「確か十七歳と聞いています」


「可哀そうね。家で援助してあげたら?」と父親の顔を見て葵は助けたくて聞いた。


「助けてやりたいが、不作で一家離散や餓死する小作人はこの辺では多く、この家族だけ援助するわけにはいかない」


「この子の親が心配していると思うから、教えてあげた方が?」と葵は手拭いを用意した。


「私が家を知っているから、家の人を呼んできます」と菊婆は出て行った。


葵は寝ている凛の側に行き、手拭いで娘の顔を拭いていた。


少し鼻が高い雛人形のような可愛い顔をしていた。


長く黒い睫毛が、目を閉じていても目の大きさを想像させた。

このような可愛い顔をした女の子がこの時代にもいたのか? と葵は思った。


顔を見ていると、ゆっくりと目を開けた。黒い瞳に見つめられて、葵は少し胸が高鳴った。不思議な感情だった。


「葵さん?」と凛は、か細い声で尋ねた。


私の事を知っているのか? そうか、転生前の葵と知り合いだったのか? と思い


「そうですが、大丈夫なの?」


「大丈夫です。助けて頂き有難うございます」


「何故、滝壷に居たのですか?」


「昨日の夜、寝ていましたら、頭の中から(神隠しの滝壷に来るように)と声が聞こえました」


葵は頭の中の声で自分と同じと考えた。


「なぜ?頭の中から声が聞こえた? 転生?」


「いいえ、神のお告げだと思います、転生とは?」


違ったか? と思い父親に聞かれていないかと廻りを見るといなかった。


父親は娘を運ぶ荷車を取りに行っていた。


「ごめん今の言葉は忘れて、それから、どうしました?」


「滝壷の白い球体に来るように言われ、滝壷に入りました。そして白い球体に吸い込まれ気を失いました。それからは分かりません」凛は上半身を起こしながら答えた。


葵は宝刀を届ける為の白い球体と凛と、どんな関わりがあるか? 分からなかった。


凛が立ち上がった。葵より10cm程低いが、この時代の女性で160cmは高い方だった。


「濡れているから着替えましょうか?」葵は凛の体を心配して話したつもりが、何処かで凛の幼い体を見てみたいと思う欲求があるのを驚いた。

その臭いで男の感覚になっていた。それだけではない、襲撃の時、賊を倒し、転生前の葵とは違って来ていた。


「いいえ、これ以上ご迷惑を掛けられません」と恥ずかしそうに佇んでいた。


荷車を用意した父親が戻って来た。立っている凛を見て歩けるか? と聞いた。


「大丈夫です。歩けます」言いながら土間に降りた。


その内に菊婆が凛の父親を連れて来た。

父親も捜していたらしく、凛を見てほっとした顔をしていた。


父親は礼を言い、凛を連れて帰ろうとした時

「葵さん、又剣術の稽古をして貰えますか?」と凛が後ろ振り向き聞いてきた。

葵はそれで私の名前を知っていたのか? と思った。


「良いですよ。何時でも。それで何時、奉公に行くの?」


「あと2カ月ほどで行きます」


それは夏が終わる頃で、葵も宝刀を持って異国へ旅立つ時期だった。


「私もその頃、ここを離れる予定です。もう余り時間がないので、稽古はどうしましょうか?」


葵は前の葵と凛が何処で、何時、どんな稽古をしていたのか、分からなかったので、そのように聞いた。


「何時ものように、十日置きに朝から祭り場でお願いします」


祭り場とは葵の村と凛の隣村が盆踊りする場所だった。


「分かりました。明日から5日置きに稽古をしましょう」


と葵が答えると凛と父親は頭を下げ帰って行った。


 次の日の朝、葵は祭り場に向かった。もう、凛は来ていて木刀を持っていた。

そして白い上依と濃紺の袴を着ていた。


側に行き、その着物は? と聞いた。


「母の武家の時の着物です」


「そうか? 凛の家は武家だったのですね」


「前に、話しませんでした?」


「御免、そうだった。襲撃されてから、頭が少し変になっている。何で小作人になったか? 前に聞いた?」


「それは話していません。祖父と父はある藩の侍でした。祖父は藩の重役で、父は勘定方でした。藩主は幕府の隠密に暗殺され、藩は取り潰しになりました。行く処がなく食べるために小作人になりました」


葵は二人がどんな稽古をしていたのか、検討が付かなかった。


「凛さん、打ち込んできて下さい」と言って中段に構えた。


「えっ、良いのですか?」と言って、やはり中段に構えた。


そして、素早く、右肩より袈裟掛けに切り込んで来た。葵は左に体をずらし避けた。

倍の能力がないと避けられない速さだった。


凛は驚いた顔をして聞いてきた。

「葵さん、何時からそんなに早く動けるようになったのですか? 何か、葵さんでは無いような気がする?」


やはり 葵が稽古をして貰っていたようだ。


「襲撃されてから、鈴さんと同じように、頭の中から声が聞こえるようになった。それからです」


葵は同じように打ちこませて、避けて、木刀で受けていた。

この子はかなりの腕だと感じた。


「凛さんは誰から剣術を習ったのですか?」


「祖父からです。祖父も去年なくなりました」


 暫く稽古をして、朝食にしようと話した。


「えっ、用意してきませんでした」と凛は困った顔をしていた。


「大丈夫、凛の分も持ってきたから」とタケノコの皮を広げて、白いおにぎりと竹の水筒を渡した。


凛は驚いておにぎりを手に取った。


「堅い白米を食べるのは久しぶりです、いつも粟や稗が入った、薄い雑炊を食べています」と話して、嬉しそうに口に運んだ。


側にいると、その臭いから、この子を守ってあげたい、苦労させたくないと考えてしまった。


葵は持ってきた一升の米を渡した。

凛は恐縮しながら、これで暫く食べられると喜んで帰って行った。


葵と凛は五日置きに稽古をしていた。


剣術以外に葵は凛に合気道を教えた。


凛に接近出来て、体にも触れられ嬉しかった。

この様な気持ちになるのは凛から出ている臭いの影響だと思った。


凛はすぐ合気道を習得して行った。

葵が気を抜くと、ふわっと投げられた。


 時が過ぎるのも早く、凛が奉公に行く日になった。

葵は見送りに凛の家に向かった。


家の入口に笠を被った旅姿の凛が立っていた。葵を見つけると嬉しそうに微笑んだが、直ぐ悲しい顔になった。


側に行くと、今にも泣きそうだった。両肩に手を置いて。

「がんばってね、元気でね」としか言えなかった。


「はい。葵さんも」と言って俯いた。


中年の世話人の男に急がされて、凛は後を向き歩き始めた。


凛が盆、正月に休みを貰って帰って来ても、私は異国に行って会えない。


葵は胸が張り裂けそうだった。


鈴が奉公に行って3日程経った頃、葵は異国へ行く準備をしていた。


古文書の5(付随)に宝刀、刀2本、木刀2本を携帯するように書かれてあったので、葵は木の箱を用意して中に宝刀、刀2本、木刀2本、弓、矢数本を入れた。


数日後の夜に葵は黒い袴と白い上依を着て、腰に刀を差し、土間で足袋と草履を履いた。


外は満月で明るかった。葵は箱を持ち滝壷に向かった。


ここで凛に初めて会ったと思いだした。


葵が箱を抱き、滝壷に入って行くと中央の深い処に白い大きな球体があった。

それに向かって泳いでいった。


白い球体の近くに辿り着くと体が球体に吸い込まれた。


空気があって水の中とは違うと感じた時には気を失っていた。

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