第57話
一歩、また一歩と着実に前へと脚を進める。
胸のペンダントから伝わる冷え冷えとした感触に、脳裏に悪い方向にすすむ未来がよぎる。
「ハァッ……ハァッ……」
今はただ、一刻も早くグレンの元に行かないと。
そして、いつもの表情で「何しに来たんだ」って言って貰うんだから。
……一体どのくらい走ったんだろう。
夢と同じ、舗装されていない山道。
段々と、駆けている足がもつれることが多くなってきた。
延々と続くように思える道。
そして――ふと、違和感を感じた。
夢の中でも感じた、違和感。
香りだ。
辺りに、血の香りが漂い始めた。
マスターも感じているのか、握った手に少しだけ力が加わる。
一歩、一歩。
前へ進むごとにその香りは濃さを増す。
「い、嫌……」
前へ進みたいけれど、進んだらあの血濡れたグレンに会うことになってしまう。
行かなきゃならない。でも、心がその現実を受け入れたくない。
脚が止まりそうになる私に、マスターが声を掛けてくる。
「リリアさん、大丈夫。あいつはそんなにヤワじゃないよ。僕が保証する。ただ、痛いことは人一倍嫌いなんだ。だから、もし何か痛い思いをしているなら、僕たちが傍にいって治してあげないと。だから、あと少し、一緒に頑張ってくれるかい?」
顔を上げると、いつもの優しいマスターの笑顔があった。
マスターとグレンの関係性は知らないけれど、そこには固い絆があることは感じていた。私以上に、マスターの方が不安なはずだ。
でもこうして、勇気づけてくれている。
私が、弱っている場合じゃない。
大丈夫、だいじょうぶだから。
マスターの手を再び強く握りしめ、自分に言い聞かせて重たい脚を前へと進める。
そして。
夢で見た、開けた場所に出て――
夢で見た、血濡れたグレンを見つけた。
「グ…グレン……」
私の手を放し、即座に駆け寄るマスターの後を、よろよろと追いかける。
マスターは「大丈夫、生きている。すぐに治療をすれば助かる」と力強い言葉。
やっと彼の元までたどり着き、青白い顔を目の当たりにする。
「グレン、大丈夫よ、助けに来たわ」
血だまりに浸かっていた手を取る。
ほんの少しの温もりしか残していないその手を、必死にさする。
「大丈夫、だいじょうぶだから。今すぐお医者様の所に連れて行ってあげるから」
私たちがここに来たように、マスターがあの光の粒子に包み込んで彼を連れていけるはず。
「マスター、早く……」
言いながら彼を見ると、私の背後を険しい表情で見つめていた。
……?
「――なあんだ、あともう一押しだったんだけれども。でも、ドラマチックじゃない? だってこの場にリリアちゃんが来てくれたんだよ? ただ単に殺すんじゃつまんないし、むしろこの状況にしてくれた神様に感謝しなくちゃね?」
聞き覚えのある、声。
この場にふさわしくない、嬉々とした、声。
後ろを振り返ると、返り血を浴びた剣を手にして楽しそうに笑う、アルが居た。
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