第56話
光の粒子は私をあたたかく包み込んでくれる。
ふわりと感じた浮遊感にすこしだけ不安に駆られたけれど、左手に大きくて少しふっくらしたマスターの手を感じて平静を取り戻す。
そして、おそらく1分もかからないうちに、私の足は地面につき、粒子もひとつ、またひとつと私から離れてふわりと消えていった。
開かれた視界には、緑の木々。
「え、ここは……?」
まだ私の左手を握ってくれているマスターを見ると、彼は真剣な表情をして前方を見つめている。
「――少し、ずれたか」
「ずれた……?」
私はさっきまで庭園にいたはずだし、ここがどこなのか全く想像がつかない。クラリスも居ないし……ひょっとしてこれは、転移魔法というやつ……?
「あ、あの……」
「リリアさん、ごめんね。転移魔法はいつも使っていないからちょっとずれてしまったみたいだ。迎えに行ったときはクラリスさんが座標をくれたから確実に行けたんだけれども。でも、安心して、ここからはそう離れていない。さあ、行こう」
そして繋がれた手に力がこもり、目の前に続く道に一歩を踏み出す。
そう、ここは緑に囲まれた山道のような場所。
私が予知夢でみた、あの場所にそっくりな。
マスターは私の手を引き、私がついていける速度で走る。
「あ、あの、マスター。私、状況が、呑み込めていなくて……この先に、グレンが……?」
「うん。いる」
早く、助けてあげなくちゃ。みんな心配している。
クラリスも、そして――ギルも。
「あ……」
「どうしたの?」
「ギルが、対応してくれようとしてくれていたんです。騎士団に話に行ってくれると」
「なるほどね……この先何が起こるか分からない。よし、彼にもこの場所を伝えよう」
そしてマスターは「ちょっとごめんね」と私の手を放し、走りながら両手を上下に重ね、その手を唇に近づけて「クラリスさん、ギルさんにこの座標を伝え、騎士団と共に来てもらうよう伝えてください。座標は――」と囁くと、手の甲にキスを落とした。
そして両手を開いて出てきたのは、いつぞや見た黄金の蝶。走り続けるマスターと私の間を舞ったかと思うと、数瞬後に姿をフッと消した。
「さ、これで大丈夫」
そして笑顔を向け、また右手を差し出してくれる。
私はその手を取り、重い脚をひたすら前へ前へと動かした。
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