第55話
「え……?」
状況を呑み込めていない私を置いて、クラリスが静かに「ノアさま、お力をお貸しください」と頭を下げる。
ノア……? 全く聞きなれない名前。
それに、マスターは一体どうやってここに来たの? さっきの光の粒子は一体何?
――色々と疑問はあるけれど。
今この場に心強い仲間が来てくれたことにホッとして涙が零れそうになる。
「そこまでわかっているなら話は早い。グレンが危ない、と書いてあったけれど、詳しく聞かせてくれるかい?」
優しく、そして力強くマスターが聞いてくれる。
泣いている場合じゃないと気を取り直し、今までの流れを簡潔に説明した。
「今すぐに助けに行かなくてはならないのですが、山の中、という事しかわかっていなくて……グレンを探すのに、人手がいるんです……! マスター、お願いです、一緒に探してください」
お嬢様らしくない、まるで謝罪会見のような礼。
最後の言葉は、だんだんと小さくなり、かすれてしまった。
目に入る芝生が、鮮やかな緑をしていてまぶしい。
私の周りはこんなにものどかな時間が流れているのに、どうして――。
でもマスターはそんな私の前にしゃがみ込んで私の顔を覗き込んだかと思うと、「もちろん。だから顔を上げて?」と、優しく話しかけてくれる。
「状況は理解したよ。グレンとの魔導紙は、そこに?」
マスターが私の胸元にかかったペンダントを指さす。
「はい、ここに入っています」
ペンダントは未だに冷え冷えとしている。
首から外してマスターに渡すと、彼も一瞬その冷たさにびくりと手を震わせ、そして表情を険しくした。
「これがあれば大丈夫。すぐ場所はわかる」
そうして、マスターはペンダントの蓋を開けると、それを手で包み込み、目を瞑って何かを呟いている。微動だにしない姿に、焦りが生まれる。
私の心配をよそに、マスターはしばらくそのままでいたけれど、十秒ほどして目を開け、「わかった」と呟いた。
どうしたのかしら……。少なくとも、可能性のある場所へ行くために、今すぐにでも馬車に乗って城下町にある外界への出入り口まで移動したほうがいいと思うのだけれど……。
マスターはおもむろにクラリスに向き合い、「リリアさんをお借りしますが、後で安全に自宅まで送り届けます。それでいいでしょうか?」と確認を取る。
どういうこと? クラリスも一緒に行って手分けして探すんじゃないの??
「承知いたしました。くれぐれも、お嬢様に怪我のないよう、お願いいたします」
クラリスは全てわかった様子で丁寧に礼をしている。
どうやらあまり理解していないのは私だけみたい。
そして、マスターは私に向き合い、そっとペンダントを首にかけてくれる。
「ありがとう。これは返すよ。しっかり持っていて何か変化があったら教えて」
胸に戻る冷たさが、グレンがまだ生きている、ということを知らせてくれている。
「さあ、いこうか」
そうしてマスターは私の手を取って「離さないでね」といつもの笑顔で言う。
そして――
「ヴェント」
マスターの声が聞こえたと同時に、私の目の前は光の粒子で溢れかえった。
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