第44話


結局マスターは通信魔法以外の魔法を見せてくれず、後ろ髪をひかれる気持ちで迎えに来たクラリスと共に家路についた。


「クラリス、明日からしばらくはお迎えをお願いしたいの」

「畏まりました。お店の終わる時間に伺うようにいたしますね。ところでリリアお嬢さま。ダンより、先日ご依頼頂いた調査結果の報告があるそうですが、いかがいたしますか?」


そういえば忘れていたけれど、マスターのことを調べて貰っていたんだったわ。

あれから何度か会っているけれど、特にいつもと変わらない態度だし、悪い人である可能性は万に一つもないとおもうけれど。


「すぐ聞きたいわ!」


私は前のめりに答えた。





「――という事で、お時間を頂きながら、このような結果になってしまい申し訳ありません」


ダンは相変わらずきっちりと着こなしたテール・コートに身を包み、綺麗に腰を折って謝罪の言葉を述べた。


つまり、こうだ。

各種方面から探りを入れたり、国家が保管している国民の個人情報が記載された禁書も手を回して調べたが、詳細は伺い知れなかったと。

唯一分かったのは、いつの間にかフロギーの酒場でマスターをしていた、ということだけ。

生活スタイルにおかしいところは一つもなく、基本的に酒場と自宅の往復、そして日々の買い物のために商店に立ち寄るだけ。店員とは親しいのかみな気安く話しかけているらしい。


「そう……。調べてくれてありがとう。それにしても、そんなに情報がないなんてことがあるのね」


この国の個人情報集約は割と優秀だ。私もこの世界で暮らし始めて色々知ったけれど、ちゃんと各エリアの役場が機能していて、情報も大元で一元管理されている。

だから、そんなしっかりした情報の中からマスターが漏れているのが、にわかに信じられなかった。


「めったにないことではあります。酒場の運営者だと思い店の登録情報も調べてみたのですが、どうやら違う方らしく。また、本人の行動範囲が非常に狭いので、関係者に聞き込みを行うのは本人に情報が洩れるリスクを考えて実施できませんでした」

「それでいいわ。調べているのがバレたとしても、その調査をしているのが私だということは隠したいから」


お父さまの右腕であるダンの調査能力をもってしても調べられなかったマスターの詳細。

一抹の不安がよぎるけれど、今夜酒場で見せてくれた笑顔や、私のために通信魔法を使ってくれたことを思うと、そんなに気にしなくてもいいのかもしれない。

なによりも、グレンがマスターのことを信頼している。


「引き続き、何かわかりましたらお知らせします」

「ええ、ありがとう。出来る範囲で構わないわ。よろしくね」


きっと私の心配は杞憂に違いない。

だって何より、グレンがあんなに信頼を寄せているんだもの。


ダンが去ったあと、静かになった部屋で一人、暗闇を映し出す窓にそっと手を伸ばす。そこには、自分が思っている以上に険しい表情をしている姿が映し出されていた。

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