第43話


アルの積極的な回答により、すぐに調査シートの内容は埋まったんだけれど――


「彼、いっつもあんな感じなの?」


顔を近づけてアルが小さな声で問いかけてくる。彼が指し示す指の先には、ソファーに前のめりに座ってこちらを凝視しているグレンが居るんだけど……。

眉間の皺が、マリアナ海溝より深そうに刻まれている。


「い、いやぁ……いつもは違うんですけれどもね……?」


いつもはどんなお客さんが来ても、ちらっと見てその後はだらけているのがほとんどなのに。グレンがここまで他人に興味をもつなんて珍しい。


「はい、じゃあこれでヒアリングは終了です。お疲れ様でした。マッチングが出来次第、こちらの魔通紙でお知らせしますので、捨てないで持っていて下さいね?」

「はーい。リリアちゃんからの初めてのプレゼントだもん、ちゃんと大切にするよ」


アルは魔通紙を掲げて器用にウインクしてくる。

あまりにも手慣れた様子に、思わず笑みがこぼれてしまう。


「ふふ、プレゼントじゃなくてただの必要書類みたいなものなので。でも大切にしていただけるのはありがたいです」

「必要書類だなんてリリアちゃん、照れなくてもいいんだよ?」

「はいはい、それじゃあ本当にこれでおしまいです! またご連絡しますので!」


そうしてまだ名残惜しそうにひらひらと手を振るアルを店の外に追い出して、一息つく。


「で、グレン、何であなたはそんなに不機嫌そうなの?」

「べつに」


アルが帰ったからか、再びグレンはソファーにその身体を埋めてムスっとした表情で天井を見つめていた。


「近い」

「え?」

「あんなに客と距離が近かったら、なにか起こっても助けられないだろ。気をつけろ」


一息でそう言うと、グレンは私に背を向けて完全睡眠体制に入ってしまった。

えーっ! 何? そんなことでムスっとしてたの?!

あんなにすました顔をしてるのに、思いがけず見せられた子供っぽい一面に、ニヤニヤしてしまう。


「はぁい、気をつけまーす」


心が、温かい気持ちで満たされる。 

……でも。私なんかのことよりグレンの方がよっぽど気を付けて貰わないと。 きっと「気を付けて欲しい」と直接言った所で天の邪鬼なグレンは信用してくれないだろう。やっぱり、私が見守って、危険を回避するしかない。


「……おやすみ」


ちゃんと守ってあげるからね。





店を閉め、家まで送る! と騒いでみたものの、案の定というか、嫌がられまして。

それでも私が必死に食い下がるものだから、グレンはしぶしぶ、といった様子で家の場所を打ち明けてくれた。

それによると、フロギーの酒場から徒歩10分くらいの位置に家があるらしい。

しかも、まさかのマスターと同居。

それならば、ということで、店を終えてからフロギーの酒場まで連れて行って、マスターと一緒に家に帰ってもらうことにした。マスターが居るなら安心出来るわ。


基本的にグレンは一か所に留まる性格なので、きっとこの酒場の椅子をしっかり温めてくれるだろう。でも一応、念のため……。


「一人で行動しちゃだめよ。夜は危ないんだからね?」


ビシ、っと今まさにパスタを掻き込もうとしているグレンに告げる。

「はあ?」という顔をしてこちらを見たグレンのフォークから、パスタが静かに落ちた。


「あっはっは! リリアちゃんお母さんみたいだね? ほらグレン、ちゃんという事を聞くんだよ?」


マスターが笑いすぎて涙まで流している。

そんな様子をみて、グレンは更に不機嫌になって「そういうお前はどうなんだよ」と私に言った。

確かに……。いつもグレンにタウンハウスエリアの入り口まで送ってもらっていたけれど、今日は一緒に酒場まで来たから、私こそ一人で夜道を帰ることになるわね……?


「リリアちゃん、お迎えとかないの? 一人で帰るの?」

「え、ええ。でも今日一日だけだから。明日からはクラリスに迎えをお願いすることにするわ」

「う~ん、でも今日何かあったら困るよねえ。よし、じゃあ連絡入れて迎えにきてもらおっか」


マスターはそう言うと、両手を上下に重ね、その手を唇に近づけて「クラリスさん、フロギーの酒場までリリアちゃんのお迎えにきてください」と囁くと、最後に手の甲にキスを落とした。

そうして両手を開くと、金色に輝く蝶々がひらりと舞い上がる。数回羽を上下させると、キラキラと宝石のかけらのような鱗粉を落としてフッ、とその姿を消した。


「え! マスター、ひょっとして今の……⁉」

「通信魔法だよ。クラリスさんのお迎えがくるまで、ちょっとだけ待っていてね」


マスター、以前に「治癒魔法が使えない」って言っていたから、勝手に魔法全般が使えないと思っていたけれど、まさか使えたなんて! しかも、思わず見とれてしまうほどのとても綺麗な魔法。


「マスター……いえ、師匠! 私に魔法の使い方を教えてください!!」

「いやー、ほんと出来ることは少ないんだよ。だから見せられるのはこれくらいで……」


マスターは困った様子で頭を掻くとチラっとグレンの方に視線を移す。

グレンは、「ふん」と鼻であしらうと、もくもくとパスタを食べ始めた。

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