第42話
「まずは情報が必要ね――」
クラリスが手配してくれたラベンダーティーで少し冷静さを取り戻した私は、早速予知夢の回避に向けて動くことにした。
私の夢で確定しているのは“未来に起こる”ということだけ。周辺状況から起こる時期を推測するわけだけれど、今回は森の中だった。
木々は青々としていたから、きっと季節は春から夏といった所。
太陽の位置は分からないけれど、日が昇っている時間帯。
でも――
「それ以外はさっぱり情報が無いのよね……」
唯一あるとすれば、私が倒れ込みそうになった時に助けてくれた手。
でも、それ以上の情報はなくて、全く役に立たない。
もし、予知夢の内容が今年起こるのであれば、Xデーはこの1、2か月の間にやってくることになる。
そこを乗り越えて、秋がくれば。少しは安心出来るかもしれない。
◆
「……何」
「なんでもないわ。気にしないで?」
じーっと見つめる私を不審に思ったのか、グレンが横になっているソファーから身体を起こしてこちらを訝し気に見てくる。
でもしょうがない。まずはこの数か月、何も起こらないようにしなくちゃいけないんだから。
今は、まだいつも通りのグレン。でも時折、脳裏に予知夢でみた様子が思い返されて、胸がぎゅっと苦しくなる。
「――所でグレン、あなた山は好き?」
「はあ? 山? 好きなわけないだろ」
「そっか……じゃあ、ハイキングとかで行く可能性はないわね」
「さっきから何なんだ? いつも変だが、今日は輪を掛けて変だぞ」
「ちょっと失礼なことを言われた気がするけれど、今日は許してあげるわ」
「……?」
平日、私と仕事をしている時はほぼ私と一緒にいるからきっと大丈夫。
休憩で店を出ることもあるけれど、この国から出た平野にある山岳エリアまでは、そこそこ時間がかかるので行く可能性は低い、はず。
問題は休日ね。ここにきて、はたと気づいた。私、グレンのこと何も知らない。
どこに住んでいるのかさえ。
「ねえ、グレン、あなたってどこに、」
チリンチリン――
私の質問は、お客様の来訪を告げるドアベルによって遮られた。
初めてみる顔だわ。背がとても高い。180センチはあるかしら……アイボリーの長いローブで身を纏っている……ってことは、ひょっとして魔法使いの方?
やや紫がかった黒髪が、紫水晶色の瞳を引き立てている。ただし――片方だけ。
片目は前髪で隠れているけれど、少しだけ布地が見えている。ひょっとしたら、眼帯のようなものを付けているのかもしれない。
「いらっしゃいませ」
「やあ、きみが店主さんかな? 初めまして。僕はアルバート。アルって呼んでね。センティア仲間に面白い斡旋所があるって聞いてポガセルまでわざわざ来たけれど、まさかこんなに可愛らしいお嬢さんがやっている店とは! それだけで来たかいがあるよ! お名前はなんていうの?」
「あ、あはは……リリア、です……」
「リリアちゃん! 名前も可愛いなあ」
アルバート、もといアルは私の手を握りしめてぶんぶんと振って満面の笑みを浮かべながら話しかけてくる。なんだか実家で飼っていたワンコを思い出すわね……。
「初めてのお客様はまず、ヒアリングと登録からになります。マッチングまで少しだけお時間がかかってしまうのですが、よろしいでしょうか?」
「うーん、できれば早めだと嬉しいけれど、まあこの国に来たばかりだし、観光しながら気長に待つから大丈夫だよ」
「よかったです。なるべく早くご案内できるようにいたしますね」
「それにしてもヒアリング? って何を聞かれちゃうのかな? あ! 僕、彼女はいないんだよね。絶賛募集中。今目の前に素敵だな、って思う女の子がいるんだけれど、後ろから怖いお兄さんの視線を感じるので、これ以上はやめるね」
え? と思いアルの後ろにいるグレンを見ると、まるで汚物を見るかのような視線をアルに向けていた。
「す、すみません、彼は従業員なんですが、ちょっと愛想が足りなくて……」
「あ、従業員さんなの? すごい殺意を感じたから、てっきりリリアちゃんの彼氏かと思った」
「え!?」
「はあ⁉」
私とグレンの声が重なる。
「チッ、んな訳ないだろ」
「そっかそっか! じゃあ別に遠慮する必要はないってことだよね。それじゃあリリアちゃん、僕の全てを教えてあげるから、お手柔らかにね?」
アルは私の手を取り、腰を折って甲にキスをしたあと、にっこりとほほ笑んだ。
私は突然の出来事にあっけにとられ――そしてグレンは、本日二度目の舌打ちをした。
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