第五章 予知夢
第39話
「――ってことがあったんです!」
「へぇ……グレンがちゃんと舞踏会に参加したとは人づてに聞いていたけれど、まさかそんなことになっていたとはねえ……」
あの舞踏会の日の翌日。そのまま週末に突入してしまったのでグレンとは会っていない。家でも舞踏会のことを話せる人がいないため、わたしは気持ちを共有するためにマスターに話を聞いてもらうためにフロギーの酒場にやってきていた。
「それで? きっと会場はざわついちゃったでしょ? グレンはどうしたの?」
「えっと……それは……」
* * *
あの騒ぎが起った後、グレンは私の手を取って会場を後にしようとした。
でも、私の隣にいたギルも何を思ったか反対の手を取って。
私を挟んで二人がにらみ合う形になってしまった。
「ちょ、ちょっと……二人とも手を放して? 痛いわ」
「ギル、お前が離せよ。ほら、執事さまがお呼びだぞ」
グレンが鼻で笑うように続ける。
「どうせ母上様がお呼びなんじゃないか? 俺が思い通りに負けなかったからさぞかし荒れていらっしゃるだろう。落ち着かせられるのはどうせお前だけだろ」
ギルも同じことを少なからず考えていたのか、悔しそうに下唇を嚙む。
そして執事が「ギルさま、女王陛下がお呼びです」と静かに告げた。
「チッ。リリア……すまない。今夜、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったんだ。君を家まで送ってあげることも出来ず……本当に申し訳ない。送りの者と馬車を用意するから少しだけ待っていてくれ。そして、どこかでお詫びをさせて欲しい。協力してもらったのに――ごめん」
悔しそうな表情で私の手を両手で包み込んで謝ってきたギルは顔を上げ、厳しい表情でグレンを見遣った。
「お前は相変わらずだな。一体今までどこで何をしていたんだ? まあいい、今度ゆっくり聞いてやろう。今はただ一つ。俺の婚約者から手を放せ」
「はいはい、ギルさま。仰せの通りに」
そうして私の手は二人から解放されて――
「ギルさま、では参りましょう」
ギルは執事と共に女王陛下の元へと去っていった。
「はあ、あいつも相変わらずだな。まあいい、さっさと帰るぞ。ここは居心地が悪い」
ギルの姿が見えなくなると、再び会場はざわめきに包まれた。
ギル、私、そしてグレンのことを話しているんだろう。それぞれの名前が漏れ聞こえてくる。耳を澄ませると、三角関係と勘違いしている人もいるみたい。
そりゃそうよね、こんな痴話げんかみたいな様子を見たんじゃあそう言いたくもなるわ。全くそんなんじゃないけれど……。
溜め息を一つ吐くと、グレンが私の手首を摑み、ぐんぐん会場の外へと進んでいく。
「ちょっと、え? ギルが馬車を用意してくれるって……」
「俺も馬車を用意しているから乗っていけ。知らない奴に送られるよりいいだろ」
そうして強引に連れていかれると、あれよあれよと馬車に乗せられ、むすっとした様子のグレン共にガタゴト揺られ、いつの間にか屋敷についていて、「おい、来週仕事さぼるなよ」と、どの口が言うんだという言葉と共に下ろされ、そしてもんもんとしながら寝て、翌日いても経ってもいられなくなってマスターの元へと赴いた。
* * *
「いや、特に何もなく! 私もグレンも、スッと会場を後にしました!」
やけに大きな声になってしまった。暑い。
マスターが作ってくれたオレンジジュースを一気に半分も飲んでしまった。
「へえー、グレンもなかなかやるねぇ」
すっごいニヤニヤしてる……!
マスターには何もかもお見通しなの!?
でも――
正直、昨日のグレンは、本物の王子さまみたいだった。私を会場から連れ出した手は、想像以上に大きくて骨ばっていて……。握られた手首は今でも熱を持っているようで。
色々と辛い過去はありそうだけれど……
「もっと優しくしてあげよ……」
ぽつりと漏れ出た言葉を、マスターが優しい笑顔で受け止めてくれていた。
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