第38話
◆
おかしいと思っていた。
俺を追い出した後、何の接触もなかったのに、突然舞踏会へ招待をしてくるなんて。
でも、その話をマスターにしたら面白がって参加しろという。
ご丁寧に「舞踏会にその格好じゃいけないでしょ」なんて衣装まで用意して。
そして今日を迎えた訳だが――。
こちらに視線をやりながら放たれた「他にも、腕に覚えのあるものはいないか?」という言葉。
いかにもあの女がやりそうなことだ。
おそらく魂胆はこうだろう。
王立騎士団の団員とギルの手合わせを披露し、ギルの優秀さを印象付ける。その後、俺を騎士団を手合わせさせて叩きのめし、みじめな姿を晒させる。
俺が、国王と城の使用人だった母との間に生まれた子だから。
追い出したはずなのに、息子の婚約者であるリリアと共に行動しているから。
あの時――酒場で名前を聞いた時に、昔の記憶が思い起こされた。
母が死に、城を追い出される直前に決まったギルの婚約者の名前。
それが“リリア”だった。ギルが嬉しそうに俺に見せた写真に写っていた、青い瞳の少女。すこし照れ臭そうな表情がなぜかずっと忘れられなかった。
会話を重ねていくと、全く令嬢らしくない行動を次々と起こすから、変な奴だと思った。用心棒として雇われる時も、純粋に金のために提案を受け入れただけだった。でも、共に時間を過ごしていると、どんどん目が離せなくなっていった。時折見せる笑顔が、ギルが見せてきた写真の少女と重なった。
抜け目のないあの女のことだ。おそらくリリアについても監視を付けていたんだろう。息子の婚約者として、将来に響くことが起こらないかを確認するために。
――そして、俺が現れた。
一番交わって欲しくない人間が。
リリアが誰の婚約者なのかということ、そして俺はリリアと共に過ごすには相応しくないということを、あの女の息がかかった騎士団を利用することで身体に教え込みたいんだろう。
面白い。
そちらがその気なら、俺も本気でやってやろう。
◆
グレンは、少しだけ口角を上げたかと思うと、「俺がやる」と言って中央に進み出た。
「だ、大丈夫なの……?」
グレンは剣士だから、腕に覚えがあるのかもしれないけれど、相手はこの王立騎士団のメンバー。きっと一筋縄じゃいかないはず。
そもそも、いつも猫のようにだらけていて、訓練もしていなさそうなグレンは相手にもならないんじゃないかしら……?
ハラハラしながら見守っていると、周囲がざわつき、ひそやかな声が聞こえてくる。
「ひょっとして……グレンさまじゃないかしら……?」
「あの、追い出された……?」
「こんなに大きくなられていたとは……」
え? グレン、さま?? グレンってひょっとして有名人なの?
知り合いだった様子のギルをそっと仰ぎ見ても、険しい表情でグレンを見つめているだけだった。
「おや、グレン。久しいな。似合わぬ格好をしていたから気づかなかったぞ」
扇を口元にあてた女王陛下から、声がかかる。
「ご挨拶にも伺わなかった不義理、この手合わせで埋めさせてください」
グレンはギルと同じく、女王陛下に対して綺麗な一礼をすると、騎士団の面々に向き合った。
「俺の相手は誰だ?」
「グレンさま、私がお相手いたしましょう」
そうして進み出てきたのは、最初の挨拶をした年嵩の剣士だった。
「ノルンか。久しぶりだな」
「グレンさまも息災で。このような場ですが、手加減は出来ませんよ?」
「ああ、望むところだ」
他の騎士団の面々が距離を取り、中央には剣を手渡されたグレンとノルンだけが残された。
数秒、いや、数分だろうか。
二人はぴくりとも動かず、張り詰めた空気があたりに漂う。
そして――ずっと注視していたはずなのに――見えなかった。
キンッ――
という高い音がして、遅れてノルンの件が床に落ちる音が広間に響き渡る。
「えっ……?」
何が起こったのかがすぐに理解できない。
でも今目の前にあるのは、剣を手にしたグレンと、剣を落としたノルンの姿で。
グレンが……勝った……?
周囲の人たちも皆あっけにとられた様子でただただ中央の二人を眺めている。
静寂に支配された広間の空気が、女王陛下の扇を畳む音で破られた。
「ふん……。興が削がれた。今夜は終いだ」
退室する女王陛下の後を追って国王も退室されたけれど、残された客の注目は相変わらずグレンに注がれている。
グレンはノルンと二言三言話したかと思うと、踵を返してこちらにやってきて、
「帰るぞ」
と言い、私の手をとった。
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これにて第四章終了(きっと)です!
果たして面白いのか……と自問自答しながら書いています。
いつもお付き合い頂き、ありがとうございます(*^^)
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