第40話


優しくしてあげよう、私にもそう思った時期がありました。

前言撤回。


「ちょっと!!!!! もう人手が足りないことくらいちょっと見ればわかるでしょ!? ず~っとそこで日向ぼっこしてないで少しくらい手伝ってくれてもいいじゃない!」


週末が終わり、どんな顔して会ったらいいんだろう、と悩みながら迎えた月曜日。私の心配はどこへやら、グレンはふらっといつもの格好で登場して、どさっとソファーに陣取って、すやっと眠りについた。

なんだこれ……。週末、何度も舞踏会での出来事を反芻して悶々とした私の時間を返してくれないかしら?

勝手に振り回されている気がしたので、仕事に打ち込むことにしたんだけれど――。


冒頭に繋がるわけで。


センシャルたちの口コミがどんどん広まり、おかげ様でリリーフィオーレは大繁盛していた。次から次に登録希望者がやっていて、ヒアリングや登録事務作業をしつつ肝心要のマッチングも行わなくちゃならない。正直、手が回っていなかった。

そんな時に、目の前でだらだらしているだけ(本来の用心棒としての活躍0)の健康な青年がいたら、文句の一つも言いたくなるよね?


それに、もう一つ悩んでいることがあった。

それは、当初店を作った目的の“魔法を使えるようになるため、魔法使いたちに沢山会って、魔法を使う所を見る”という事が、全然できていないということ。

私の当初の想定では、こう、なんていうの? ゆっくり落ち着いてみんなと対応して、魔法使いにヒアリングする途中で許されそうな雰囲気だったら一つ魔法を見せてもらおうかな、なんて思っていたんだけれど。

そんな時間的余裕は全くなくて。これじゃあ本末転倒だわ……。


やっと迎えた休憩時間。

今日からこの少ない自由時間は魔法の訓練をすることにした。


「そういえば、グレンって魔法は使えるの?」

「……少し」

「え! 使えるんだ! 見せてみせて!」


何だ、グレンは剣士だからてっきり魔法はからっきしだと思っていたけれど、使えるものもあるのね?

ワクワクしながらグレンを見つめると――


「……やらない」


感じ悪男が再び降臨。いや、最初からか。


「え、なんで? 疲れちゃうとか?」

「違う。でもお前には見せない」


ムキー!!!!!!

はいはい、わかりましたわかりましたぁ! 私に“は”見せたくないのね? 他の人だったら見せてもいいのね?

ほんと週末のあの時間を返して欲しい。悔しいけれど、舞踏会で会ったグレンの姿が忘れられなくて、今日だってちゃんと顔を見ることが出来るかな? 休憩時間二人っきりになっちゃうよね……? とかいろいろ考えてたのに!


「わかりましたあ。イーっだ」


我ながら子供じみているけれど、グレンが子供のようなこと言ってくるんだもの。お互いさまでしょ。


「うーん、クラリスは魔法は感覚で使うって言ってたわね……」


クラリスが教えてくれたところによると、魔法を使うのに特に呪文的なものは必要なくて、言葉も発さなくていいけれど、それは個人で決められるらしい。クラリスは何となく切っ掛けが欲しいから生活魔法を使用する際に、使用する道具に対して「お仕事ですよ」と声を掛けているとか。


ふとテーブルの中心に置かれた花を見ると、最近忙しさにかまけて水の交換をおろそかにしていたせいか、元気がない。

よし! まずはこの子たちを元気にするわ!


ただ黙って見つめるだけじゃダメな気がして、手のひらをかざして「元気になれ~」と声を掛けてみるけれど――特に変化はない。


「ぶふっ……」


グレンが一生懸命な私の姿を見て噴き出しているんですけれども?

まあいいわ。今に見てなさい。すごい魔法を使うようになるんだから!!





まさかあのリリアちゃんが、ギルの婚約者だったとはねえ。

そしてグレンが彼女のことを連れ出した、というのもなかなか面白い。


キュ、とグラスを磨きながら「舞踏会への招待が来た」とぶっきらぼうに言ってきた時のグレンの様子を思い返す。

全く乗り気じゃなさそうだったけれど、ちゃんと爪痕を残したわけだ。あのグレンが。

リリアちゃんもまんざらでもない様子だったし、ひょっとしたら何かが起こるかな? 


「ははっ」


思わず声が出てしまうくらい面白くて、楽しい。

こんな気持ちになったのはいつぶりだろう。


でも、こんな楽しんでいる最中なのに――


「小蠅がいるな」


最近、周囲を嗅ぎまわっている奴がいる。

うっとおしいけれど、適当にあしらってしまえばいいが――


もう一人。


「ちょっと面倒そうなんだよなあ」


さて、どうしようか。

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