第33話
あの後、あわあわしてしまった私をよそに、エイミーとギルは二言三言会話をすると店を後にした。お代について話す間もなかったけれど、あの様子だときっとギルが支払いの算段を話していたんだと思う。
そして混乱の中昼食を挟みながら別のジュエリーショップやシューショップなどを周り、家に着いたのは日が傾きかけた頃で。ギルは私を家まで送りとどけてくれた。「当日が楽しみだよ」という言葉を残して。
そうして家に帰ってきたわけだけれど……。私はエイミーの店でのあの囁きが頭から離れずにいた。
ただ単に、ドレスの美しさを褒めてくれただけなのかも。でも……。
そんなことをグルグル考えていても休みは終わってまた仕事が始まるわけで。
寝不足の目をこすりながら、のろのろ店へと向かう。
扉に手をかけると、なぜか鍵があいていた。
「……?」
「遅いぞ」
「えっ?」
不思議に思いながら扉を開けると、いつもは重役出勤のグレンが珍しくすでに店に来ていた。
「⁉ なんでもういるの⁉ 何? 天変地異の前触れ……?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「いや、いつもゆっくりやって来て、仕事もしてるんだかしてないんだか良く分からない人だと……」
「失礼だな」
だってしょうがないよね? あなたいつもそのソファーでほぼ寝てるじゃない?
「ま、いいわ。今日も一日頑張りましょうね」
そう、最近は本当にお客さんが増えてきているのだ。ボリス以降、他のパーティーも続々と継続契約をしているし、彼らからの口コミで新規の登録も増えている。だからなるべく毎日しっかりお店を開けてどんどんこなしたいところではあるんだけれど。
「そうそう、グレン。来週の金曜日、お店をお休みすることにするわ。あなたもゆっくり休んでちょうだい」
「来週の金曜……? 奇遇だな、俺もその日は別件があって来れない」
「あら、何か用事なの?」
グレンの私生活は謎に包まれている。いつも自分のことを話したがらないし、ふらっとどこからかやって来て、ふらっと帰っていくから。
「ああ。良かったよ。五日間まるっとこき使われずにすむ」
「一体どこにこき使う要素があるのよ」
――それにしても。グレンの私用だなんて。
ちょっとだけ覗いてみたいわね。
◆
そして迎えた舞踏会当日。
私は朝から気合十分のクラリスたちメイドに、サロンで受けたら一体いくらするんだ、というフルコースを受けていた。
先日ギルが来てくれた時は短時間で仕上げてくれたけれど、今回は時間に余裕があるのでじっくり丁寧に体を温め、そして磨き上げてくれた。
「リリアお嬢さま、仕上がりましたわ」
肌はしっとり、吸い付くようなもち肌に。そして髪の毛もヘアトリートメントによってサラサラと一段輝きが増している。
ここまでのケア、ブライダルエステでもここまでやらないんじゃないの? 以前友人が受けたというその内容と比較しても、おそらくレベルが高いと思う。
そして、少しだけ身体を休めて、ギルが贈ってくれたドレスを身に着ける。
髪の毛もゆるく一つに編み込んで、デコルテをしっかりみせ、ジュエリーが映えるようにした。
「まあ……ここまでとは……」
クラリスがほう、と息を呑む。私も鏡を見て、言葉がなかなか出てこなかった。
それ位、この美少女の魅力が最大限引き出されている。
どこか他人事のように見てしまうけれど、これが今の“私”なのだと思うと、なんだかこそばゆくなった。
「リリアお嬢さま、とても素敵でいらっしゃいます。楽しんできてくださいね」
「ええ……ありがとう、クラリス」
今夜限りのギルとの舞踏会。
何事もなく、無事にこなせます様に。
暫くして、メイドがギルの来訪を告げに来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます