第32話


それから起こったことは、クラリスが見せてくれる魔法と似てはいたけれど、規模が違った。そして、最初に行われたのは私の採寸だった。


エイミーが「少し我慢なさってね」と言い私の肩にそっと触れると、着ていた服の編み上げられたリボンがスルスルとほどけ、ふわりと私から剥がれると、まるで“元からここにいました”というような様子で空いていたトルソーに収まった。

そして下着姿になった私のあらゆるサイズを測定されたあと、どこからか大判のストールが肩からふんわりとかけられた。


エイミーが「この細さなら、ドレープはちょっと細かくいれましょうね……」と呟いたあと、様々な生地が宙を舞い必要とする形に切り取られ、そして多くの針たちが優雅に、しかし正確に舞ってエイミーの頭の中のパターンを正確に再現していく。


そしてあっという間に、目の前には一着の美しいドレスが出来上がっていた。

プリンセスラインのそのドレスは、あの若草色に金糸の刺繍が入った生地で作られており、腰回りから下のスカート部分は前を開けてドレープをつくりながら後ろに流されている。そしてその下にはクリーム色のチュールスカートがふんわりと存在を主張していた。


「マリーアントワネットみたい……」


何かでみたマリーアントワネットが着ていたあの煌びやかなドレスに似ていて、思わず口をついてしまう。


「まりー……? お気に召していただけたかしら? でも、これで終わりじゃないですよ。最後に、仕上げをしましょうね」


エイミーがそう言うと、ドレスに向かって美しい投げキッスをした。


「わぁ……」


エイミーからキスの祝福を受けたドレスは、どういうことかチュールスカート部分が輝く粉雪を纏ったようにキラキラと輝いていた。


「これはリリアさまへ、私からのプレゼントです。でもずっと輝いているわけじゃありませんの。おそらく持って半年ほどです。女の子の美しさを少しだけお手伝いするための秘密の魔法なのよ」


そうしてまたお茶目にウインクをしてくれる。


「とっっても素敵です! 私がこのドレスをちゃんと着こなせるかが不安なくらい……」

「あら! もちろんお似合いになることは間違いないわ! だってリリアさまのことだけを考えて作ったドレスですもの。ほら、早速合わせてみましょう?」


そして身に纏ったエイミーのドレスは、言葉の通り私の瞳や髪の色にぴたりと合っていて、エミリーは満足気に頷いた。


「本当に素敵ですよ。さあ、ギルお坊ちゃまにもお見せしましょうか。きっと今かいまかとお待ちのはずだわ」


そうしてエミリーに促されながらサロンへとそのまま足を進める。

魔法がかけられたチュールドレスは一歩踏み出すごとにキラキラと輝いて、夢見心地になってしまう。本当に素敵だわ……。


スカートの輝きを見たくて、どんどん歩を進めていたら、いつの間にかサロンに到着していた。


ギルは、暖かい陽光の中でうたた寝をしているようだった。

光を受けて輝く銀色の髪。どこからか吹き込んだ風で柔らかく揺れている。

入学式のときも、光を浴びて神々しい様子だった彼の姿を思い出す。


完璧なギルの無防備な姿を見て、思わずエイミーと顔を見合わせて二人でクスっと笑ってしまった。

そして、その声に気づいたのか、ギルがゆっくりと瞼を開け、少しだけ照れ臭そうな表情をする。


「すまない、少し寝てしまったようだ――」


そして私に視線を合わせると、息を飲み込んだ。

あれ? ひょっとして似合っていない……?


「ギルお坊っちゃま、いかがですか? 言葉にしないと伝わりませんよ」


エミリーが優しい表情でギルに促す。

そして、ギルは「やはりエイミーに任せて正解だったな」と言いながら私に近づき――


「リリア、とても美しい」


耳元で、囁いた。

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