第25話
「だれ……って、私は、リリア・ロレーヌです」
マスターがまとう空気が急に変わった事に動揺を隠せない。
『だれ』って、どういう事……? 私が、実はリリアではないことが、バレているということ……? リリアは元々マスターと関わりがあったの?
――私の頭の中に、沢山の『?』が浮かんでは消えていく。
「はは、ごめんごめん、そんな緊張しなくていいよ」
張り詰めた空気を割くように、マスターがいつもの柔和な表情になってひらひらと手をふる。
「ちょっと聞いてみただけだから、あまり気にしないで」
「え、ええ……」
語り口は柔らかいけれど、私からの質問は受け付けない緊張感があった。
「それじゃあ……僕はそろそろおいとまするかな。唐揚げ、美味しかったよ。グレンのこともよろしくね」
そうしてゆるく編んだ髪をふわりと後ろに流して私に微笑んだあと、店を後にした。
マスターとはフロギーの酒場で会って数回。グレンのこともそうだけれど、彼のことも全然知らない。でも、彼は私のことを知っているようだった。
「どういう、意味だったんだろう……」
あの真実を射抜くような瞳がずっと心に残っている。
「調べなきゃ」
念には念を。悪い人ではないと思うけれど、なにか問題になってからじゃ遅いから。
◆
この世界には私立探偵みたいな人がいるかどうか分からないし、ちゃんとした人に依頼しないと、調査していることがマスターにはバレてしまう気がする……。
そこで、ちょうど寝る支度を手伝いに来てくれたクラリスに相談してみることにした。
「クラリス、実はね、ひとり調べて欲しい男性がいるの」
「男性、ですか……?」
「ええ、城下町で会った人なんだけれど」
「それは、つまり、お嬢さまの良い方……ですか?」
「違う違う!! ちょっとね、事業に関わる人で、どんな人なのかを知っておきたいだけなの」
「なるほど、お仕事関係の方でしたか。私はてっきり……。素性調査でしたら、よく旦那さまの依頼でダンが対応しているようです。お嬢さまがよろしければ、ダンに相談してみましょうか?」
「お願いできると嬉しいわ」
あの無駄な行動が一切ないダンだったらきっちり調べ上げてくれるような気がする。
少しだけ不安な気持ちがあったけれど、取り合えずこの後の動きを決めることが出来て安心した私は、すぐに眠りにつくことが出来た。
そして翌朝。
早速クラリスはダンに相談してくれたらしく、すぐ調査に入ってくれるようだ、という報告を受けた。あとはダンからの結果を待つだけだけど――。
今日はお店も休みだし、最近ずっとお店のことにかかりっきりだったから、少しゆっくりするのもいいかもしれないな。
季節は初夏。散歩するにはちょうどいい気候。
私はクラリスが魔法で仕上げてくれた若草色のシンプルなドレスに身を包み、タウンハウスエリアをめぐる事にした。
そういえば、OL時代も休みの日に住宅街を散歩して、素敵な家を見たり、お庭に咲き誇る花を見て楽しんでいたのよね。
それぞれの家の作りはロレーヌ家と同じく、三階建てほどの屋敷と、そしてその前にちょっとした庭園を併せ持った作りになっている。庭には、それぞれの家のカラーが出るので面白い。
涼やかな風が通り抜けて、日差しもそこまで強くなく、こうして素敵なお家や庭を見てあてもなくゆっくりと散歩をする時間がとても心地いい。
そうして歩いていると、目の端に前から来た人がぴたりと足を止めた様子が映った。
住宅街で突然足を止めることに違和感を感じて、顔をそちらに向けてみる。
「リリア……?」
ふわ、と気持ちのいい風が吹いた。
あの別れの日と同じように、彼の銀色の髪を揺らす。
そこには、学園の制服に身を包んだギルがいた。
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