第23話


「こ、これは美味しい……! お嬢ちゃん、これはなんて言う食べ物なんだい⁉」

「か、唐揚げ、です……」


目の前では、ガタイが良くて髭を生やしたなかなかワイルドな男性が、私の唐揚げを美味しそうに頬張っていた。そして、あっという間に平らげると満足そうな声を上げる。


「いやあ、うまかった……。討伐に行って久しぶりにポガセルに帰ってきたんだが、腹が減っていてな。そしたらこの家から抗えない程のいい匂いがしてきたから前まで来てみれば、討伐依頼書が掲示されているじゃないか。ここは斡旋所? なのか?」


なるほど、確かにお腹が空いている人にとって揚げ物は魅惑の香りよね。


「ええ、まだオープンして間もないんですが、ちゃんと信頼しあえる仲間をマッチングする斡旋所です。実は……あなたが初めてのお客さんです」


男性は大きな目をクリクリと見開き、豪快に笑った。


「がはは、そうだったのか! 店構えが普通の酒場と違うし、ありえないほどいい香りはするし、いろいろと普通じゃないからな。俺も腹が空いていなければ来なかっただろう。それに、ポガセルといえばフロギーの酒場があるしな」

「ええ、なのでどうやってセンシャルの方々にここを知っていただけるかを模索中で。ちょうど悩んでいたところなんです」

「ふむ……センシャルは基本的に群れないが、魔物の情報を交換するネットワークはある。だから地道にやっていけば情報は広まっていくだろう。まあ、まずは俺がここの情報を流そう。うまい飯が食える、とな!」


そうして男性は自らを盾使いのボリスと名乗った。


「ところでお嬢ちゃん、俺が初めての客だと言ったが、あちらの方はセンシャルじゃないのか?」


ボリスの視線の先には、早々に唐揚げを平らげて、日当たりのいいソファに横になって目をつぶっているいるグレンが居た。やけに静かだと思ったらご飯を食べて横になるなんて、いいご身分ね……?


「え、ええ、あれはこの店の従業員です」

「おい」

「なによ」

「俺は従業員になったつもりはない」

「まあ同じようなものでしょ」


目はつぶっているけれど、耳はしっかりこちらの話を聞いていたみたい。

そんな私たちのやり取りを聞いてボリスは再び豪快に笑った。


「仲がいいなあ。よく見ればフロギーの酒場にずっといる黒の剣士じゃないか。あそこの主みたいに居座っていたがこうやって外に出るのであれば健全でいいじゃないか。お嬢ちゃんが連れ出したのか? なかなかやり手だな。――よし、そうしたらうまい飯を食べさせてもらった恩もある。今回はここで仲間の斡旋をお願いしてみようか」

「えっ! 本当ですか!?」


グレンが店にいることもプラスに働くとは思ってもみなかったし、まさか唐揚げからお客さんをゲットできるとは!!


そうして、私はボリスに対してアンケートを取り、彼が仲間に望むことやどんな魔物討伐に向かいたいかなどを細かくヒアリングして一枚のシートにまとめた。


「――これで、ボリスさんが望むことは承知しました。すぐにでもお仲間をご紹介したい所ですが、残念ながらお客様第1号なので、ご案内出来る方がまだいらっしゃらないんです。ここが繁盛して、ご案内できるようになったらまたご連絡しますので、こちらにお名前を書いて頂けますか?」


或る程度人数を集めないとマッチングすることはできない。そして、まだ魔法が使えない私はお店に来て頂いた方に連絡する手段をクラリスに相談していた。


そこで教えてもらったのが、『魔通紙』という代物。カードくらいのサイズの厚紙で中央で切り取れるようになっていて、連絡を取りたい相手に半分を持ってもらう。連絡を取りたい時は自らの手元に置いた残り半分に伝えたい事を書くと、自動で相手の紙にも同じ内容が浮かび上がる、という寸法だ。何か通信事項が出た時には温かく熱を持つので、基本的に身につけていれば気づかずに放置されることもない。

魔法が使えない人たちが連絡を取る手段として重宝されているようで、容易に手に入れることもできた。


店に残しておく半紙にボリスの名前を書いてもらい、店の名前を入れた半紙を手渡す。


「最初は少しお時間がかかってしまうかもしれません。でも、絶対信頼できるお仲間をご紹介させていただきます! それまで、少々お待ちください」

「ああ、楽しみに待っているよ。まあ、またあのうまい肉を食べにくるかもしれないけどな」

「ぜひいらしてください! お待ちしております」


――この日以降、ボリスの話を聞いて唐揚げを求めにやってくるセンシャルや、香りにつられて店に入ってくるセンシャルが少しずつ集まり始めた。


まさか……唐揚げに窮地を救われるなんて。

何が切っ掛けになるか、わからないものね。

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