第22話


あれから数日。

グレンは相変わらずいつものグレンだったけれど、私の頭の中ではあの時の出来事が、頭の中でずっとぐるぐるしている。間近に迫った顔、そして、摑まれた手首の熱。


「だめだめ! そんなこと考えている暇があったら集客について考える! ちゃんと稼がないと、グレンへの支払いも滞っちゃうんだから」


それにしても――相変わらず斡旋所『リリーフィオーレ』は暇だった。フロギーの酒場にくるセンシャルに声をかけるのははばかられ、かといって看板や掲示板などから自然に店に入ってくる人を待つだけでは、初めてのお客さんを迎える頃にはおばあちゃんになっちゃう。


ここは町外れだから、外からやってきたセンシャルを誘導するのが一番いいんだけど……。


「おい、腹減った」


どうしたらセンシャルを誘導出来るか真剣に考えていたら、全く仕事が無くてただソファーに寝そべっているグレンが、子供みたいなことを言ってきた。


「え? そんなのマスターのところに行けばいいじゃない」

「今日はいない。お前、何か作れないのか?」

「作れるものって言ったって……」


OLの時だって、全然料理はしなかった。会社から疲れて帰ってきて、そこから火の前に立つなんてもっての他。基本酒とつまみで生きてきたし、それで身体も壊す事はなかったし。

でもまあ、実は一つだけ作れるものがある。

酒のつまみになって、夏の暑い日にビールと一緒に食べたら最高の、

ビールを引き立てるために、唯一私が料理という高いハードルを乗り越えて、ベストな一品を作りあげるために研究した、だ。


「何を作っても文句言わないんだったら作るわよ」

「腹を満たせれば文句は言わない」


確かに、マスターの所でも「うまい」とも「まずい」とも言わず黙々と食べているものね。なんか言い方がひっかかるけど。


「それじゃあ買い出しをして来てちょうだい。城下町で全て揃うはずよ」


グレンは心の底から面倒臭そうな顔をしたけれど、よっぽどお腹が空いているのか、素直に私から買い物リストを奪い取って外に出て行った。


「それじゃあ、支度をしましょうか」


店は元々一軒家だったから、ちゃんとキッチンがついている。コンロはないけれど、その代わりにかまどがあって、調理道具も揃っていた。

埃をかぶっていたので綺麗に掃除をしていると、グレンが帰ってきた。


「お帰りなさい」

「ん」


どうやら、ちゃんと依頼したものは買ってきてくれたみたい。


「ありがとう。ちゃんとお買いものできるのね」

「当たり前だ」


グレンがお店の人と交流している姿が全く想像できないけれど、なんとなくその場を想像してニヤついてしまう。


ある程度キッチンは綺麗になったので、私は調理を始めた。

まずは、鶏肉の余分な脂身やスジを綺麗に切り取る。そして食べやすいサイズに切り分けていく。

そこに少しだけ塩をまぶして揉み込む。ここをしっかりするのがポイント。これをすることによって、お肉のうまみをしっかりと閉じ込めることができるから。

次に、砂糖、酒、しょうゆ、ニンニクのみじん切り、そしてごま油をすこし入れたタレにつけて再度揉み込む。本当はここでしっかり漬け込んだ方がおいしく出来上がるんだけれども、腹ペコの人がいるからそんな時間は、ないわね……。

そんな時はしっかりと揉み込むことが大事。お肉に味がしみこむように、ギュッと強すぎず、かといって弱すぎない力で揉み込んでいく。

ここまで来たら、あとはタレからいい香りを纏わせたお肉を引き上げ、片栗粉を振るう。

そして、このタイミングで油を温めるために薪に火をつける。――これなら早く高温になりそうね。

片栗粉をまぶしたお肉を優しくはたき、余分な粉を落として最後の準備を終えた。

丁度油もいい状態になったらしく、木のお箸を浸けると、浸った部分から泡が勢いよく上がってきた。


「よし、これなら大丈夫ね」


そうして、少しずつ油のなかにお肉を投入していく。ここで焦って大量に入れない事がポイント。油の温度が下がってしまうから。多くても大体4個くらい。すこしずつ、揚げていく。

お肉を入れた途端、じゅわあぁ、っと大きな音があがった。グレンがキッチンの様子を気にしているけれど、あともう少し。

少ししてからひっくり返して満遍なくお肉に火を通す。とてもいい香りが部屋に充満し始めた。段々とじゅわじゅわ言っていた音が、ぴちぴちと高い音を奏で始めたら完成。油をしっかりと切って、横にレタスとレモンを添える。


いい香りすぎて、私のお腹もぐぅと主張し始める。


「さ、できたわよ。召し上がれ」


いつの間にかキッチンの前のカウンターに座っていたグレンの前にコトリとお皿を置いた。


「いい匂いがする」

「そうでしょう。香りだけでもビールがいけちゃう素晴らしい料理よ」

「肉を焼いたりするのはよく食べるが、こんなごつごつした石みたいな形にしたものを食べるのは初めてだ」

「え、唐揚げ知らないの?」

「唐揚げ?」

「そう。鶏肉に味をしみ込ませて、衣をつけて揚げたもの」

「なんかよく分からんが、知らん」


そう言うと、グレンはためらいもなく唐揚げを取り上げ、


「あ! ちゃんとフーフーしてからじゃないと!」


がぶり、と歯をたてた。――絶対熱い。


「あっ、あっっっつ!」

「ほら、だから言ったのに聞かないから……」


はふはふ、と口を動かして沈静化を図っているけれど、なんだかその様子が純朴な少年みたいで思わず笑ってしまった。


「あはは、揚げたてだから気を付けないとだめなのよ」

「それを……早く、言え……」

「だって聞く気なかったでしょう? はい、お水」


置くや否や、グレンはお肉を呑み込んで、水を一気飲みする。


「でも……うまい」

「え?」


グレンが、うまいって言った? 本当に? マスターの料理すら寡黙に食べているあのグレンが⁉


「ちょ、ちょっと、もう一度言って?」

「……」


グレンは私に一瞥をくれると、再び唐揚げに取り掛かり始めた。今度は、ちゃんと小さくフーフーして。

ほんっと素直じゃないんだから。


「さて、私も食べようかな」


そう思って自分のお皿を用意していると――


チリンチリン――


私とグレン以外、鳴らしたことのないドアベルが涼やかな音を立てた。

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