第21話


性格には難があるかもしれないけれど、無事に用心棒が見つかったということでお父さまからのお許しも出て、晴れて『リリーフィオーレ』オープンの日。


基本的にグレンには店に直接来てもらい、何かあったら対応できるように店内で共に過ごしてもらう予定だ。――って言っても、お父さまが過保護なだけであって、わざわざ店に危ない人がくる可能性は低いと思うけれど。

店に向かう道すがら、今日やりたいことを脳内でリストアップしていく。


まずは、フロギーの酒場のように店前に討伐依頼書を掲示しなくっちゃ。


ちなみに、討伐依頼書は、出来上がるまでに長い時間がかけられているらしい。

魔物の情報を吸い上げ、魔物の状況を確認し、賞金額を決めた上で議会によって決済がおり、王宮の機関より随時発表される。毎日出されるわけでもないから、フロギーの酒場のような斡旋所が週に一回確認しにいって、情報を持ち帰り、それをセンシャルが確認する――というのが一般的な流れだそうで。急を要する時はその限りではないらしいけれど、毎日確認しに行くのは骨が折れるし、かといって一週間に一回だと情報を取りこぼしそうな気もする。


「その点、うちの店はラッキーね」


議会で決済を受けるということは、お父さまが一番最初に情報を得ているはず。だから、家に帰ってくる時に討伐依頼書が出ていれば、持ってきてもらうことにしているのだ。これでうちはフレッシュな情報を提示することができる、ってわけ。


あとは、来てくれたセンシャルの人たちに共通の質問をしていって、その回答を元にマッチングしていく感じね。契約書の問題もお父さまがクリアにしてくれたし、今日から新規一転! この事業、軌道にのせて見せるわよ!


そして、店の前に着く。そろそろ開店の約束の10時だし、グレンはもう来ているかしら? 合い鍵は渡しておいたけれど……。


私の可愛いお城に入り、そして――。

グレンは昼過ぎまで来なかった。


「ちょっとちょっとちょっとちょっと、遅刻よ遅刻」

「どうせ人なんて来ないだろ」


ぐうの音もでない。

確かに、お店は閑古鳥が鳴いていて、さっきからお茶を飲むだけののどかな時が流れている。


「そうはいってもねえ、何のための用心棒なのよ」

「こんな町はずれ、用事がなきゃわざわざ来ない場所に人なんて来ない。用心棒も必要ないだろ」


今日も悪態はすらすら吐けるらしい。


「センシャルは基本的に同じところにしか顔を出さない。そういった奴らに何かアピールはしたのか?」

「して、ないです……」

「じゃあこの状況は当たり前だな」


グレンはそう言うと、部屋にしつらえられた待合のソファーにドカっと腰を下ろす。

確かにグレンの言う通り、“どういうお店にしたいか”ということは考えていたけれど、“お客さんをどうやってひっぱってくるのか”という所まで頭が回っていなかった。


「確かにそうね……よし、グレン、一緒にどうやって宣伝するか考えましょう!」

「断る」


グレンはそう言うと、ソファーに横になってしまった。


「ちょっと」

「昨日あまり寝れていないんだ。寝かせてくれ。まあ無いと思うが、一応何かあったら起こせ」


嘘でしょ? 給料も払っているんだから寝ないでよ!

起こしてやろうとグレンの傍に行くと、本当に眠かったのか、かすかな寝息が聞こえた。


いつも不機嫌そうに寄せられた眉根はその影を潜め、薄く整った唇は口角が下がっておらず、白くて滑らかな肌も相まって柔らかい表情を見せている。

そしてさらりと横に流れた前髪の合間から、いつもは隠れている目元が見えた。

髪の毛と同じ色のアッシュゴールドの長いまつ毛が、まるで触れたら壊れてしまいそうなくらい繊細で美しくて。


「ほんっと、喋らなかったらこんなに綺麗なのに……」


彼のそのなだらかな頬に、そっと指先を触れる。

冷たいだろう、となんとなく思っていたその頬は優しい温もりを携えていて、その意外さに驚いた。

多分、1秒か2秒、そうしていたんだと思う。

伏せられていた長いまつ毛が、少し震えて持ち上がる。

徐々に翡翠色の宝石のような瞳が現れ、更に吸い込まれてしまった。


「おい」


温もりに触れていた手が、突然強い力で離される。

グレンが私の手首を摑んでいた。


「あれ……私――ごめんなさい! なんでだろ、え、あれ?」


多分、美しいものに触れてみたい、近づいてみたいと思ってしまったんだと思う。

先ほどの柔らかい表情は既にどこかへ消え、冷たい視線が突き刺さる。


「お前――無意識なら気をつけろよ」

「え?」

「そもそも、素性のよくわかっていない男と二人っきりになるのがどういうことか考えたのか?」


手首を握ったまま、グレンは続ける。


「そんな無防備に近づいて、何かあったらどうするんだ? 俺があの路地裏で会った奴らみたいな考えを持っていたらどうなる?」

「グ、グレン、手が痛いわ」


確かに、グレンの事はよく知らない。でも――


「あなたなら、信用出来るって思ったから」


多分、不器用なんだと思う。素直に感情を表現できないというか。

そしてきっと、あの路地裏で助けてくれた時の優しさ、あれがグレンの本質なんだと思う。


「数回しか会ったことがなくて、あなたがどんなことをしてきたとか、何を考えているかなんて知らないし分からないけれど、それでも、あなたは優しくて、信用出来る人だと思ったから。だから、絶対大丈夫」


グレンはパッと手を放しまじまじと私を見つめる。


「ハッ……絶対、ね。まあ好きに思っておけ」


フイっと横を向いた拍子に髪の毛が流れ落ちて露になったグレンの耳は、すこしだけ赤みを帯びていた。

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