第20話


お父さまが準備してくれた店内の設備はばっちりで、今すぐにでも開業できる状態だった。となれば、後は用心棒ね。うーん……上手くいくビジョンがほとんど見えないけれど、やってみるしかないか。


「マスター、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「やあリリアさん! 元気そうだね。こちらは相変わらずだよ」

「確かに……ですね」


久しぶりに来たフロギーの酒場。

マスターは相変わらず人懐っこい笑顔を見せてくれる。そしてもう一人。

グレンも相変わらずカウンターの指定席を温めているようだった。


「やっぱりまだここにいたのね」

「来て早々文句か? お前に関係ないだろ」

「いいえ、あるわ。あなた、どうせ暇でしょう? だから、私の店で用心棒をして欲しいの」


突然の提案に驚いたのか、グレンは口をわずかに開け、私の顔をまじまじと見つめてきた。そして数秒後、「はぁ?」と言葉が零れ落ちる。


「リリアさん、さすがだねえ。久しぶりに来たと思ったらグレンのスカウトか~」


マスターは面白いことが始まったと言わんばかりの喜色を浮かべた表情で、私たちを見比べ、はた、と動きを止めた。


「あれ、ってことは店の準備が出来たの?」

「はい、まだ細かいところはやりながら進めていく感じですが、町はずれに。そうだ! マスターにもぜひ来ていただきたいわ」

「すごいね、有言実行だ。休みの日に訪問させてもらうよ」

「ええ、ぜひ! ここみたく大きくはないけれど、アットホームな感じでやれればと思っているんです。ぜひ気軽にお茶でもしに来てください」

「――おい」


ん? まるで呪詛のような声が聞こえた気がする。


「おい!」


グレンを見ると、長いアッシュゴールドの前髪で良く見えないが、わずかな隙間から翡翠色の瞳をこちらに冷たく向けていた。

いけない。マスターと話が盛り上がっちゃって忘れてたわ。


「あ、ごめんなさい! 用心棒、どうかしら……?」

「やらない」


やっぱりそんなすぐには無理か。


「そっか……お給料も払おうと思ってたんだけれども……だめなのね……」

「えっ、リリアさん、グレンに給料出してくれるの?」


なぜかマスターが前のめりで訊いてくる。


「ええ、一ヶ月につき17万ディンはお支払いしようかと思っていました。場合によっては特別給も」


初任給の手取りくらいから始めるつもりだった。雇用形態はちゃんとしないと。


「17万ディン、それに特別給も……? 破格だよグレン。行ってきなさい」

「はあ? マスター急になんだよ」

「グレン、ここの支払い滞納してるだろ」

「……」

「え!? 滞納してるの!?」

「そうなんだよリリアさん。グレンはいつも『賞金が入ったら払う』って言ってここで飲み食いするんだけれど、一度も払って貰ったことが無くてね」

「一度も……」


グレンを見ると、決まりが悪そうに無言を貫いている。


「そう。今のところ――支払いは60万ディンくらいかな」


マスターが手元のメモ帳をペラペラとめくる。

ろ、60万ディンっていったいどんだけ滞納してるのよ!


「ぜーんぜん討伐に行けないでもう4年くらいはこうして過ごしているからね。討伐依頼にくる魔物は、いくら強くても一人で倒しにいっちゃいけないという決まりがあるから、グレンにはハードルが高いんだよ」


5年前の魔王討伐の際にセンシャルの命も多く失われた。

今では彼らの命を守るためにも、一人での行動はこのポガセルに限らず、どの国でも制限されているらしい。だからより一層こういった斡旋所が必要になってくるのだそうだ。


そして、マスターにいろいろと暴露されたグレンは、相変わらず無言を貫いている。いつもは達者な口答えも聞こえてこない。


「グレン、まあものは試しで行って来たらいいよ。ここに座ってるよりはよっぽど健全だし」

「ええ、勤務は朝10時から夕方6時まで。急ぎで仲間を組ませる、というよりは、しっかりセンシャルの人達の要望を聞いてマッチングするから、ここみたく開きっぱなしにはしないわ。休憩もあるわよ?」

「ほら。ツケを稼いでおいで。順調に行ったら三か月くらいで滞納分は稼げる計算だから。すごい良い条件だよ」


グレンは相変わらず無言だったけれど、しばらくしてからこれ見よがしに大きく溜め息をついて、一言呟いた。


「ツケの分稼ぐだけだぞ」

「ええ! それでいいわ。グレン、よろしくね」


そうして、手を差し出して握手を求めたけれど、完全にスルーされた。

なによ。やっぱ性格悪男だわ。

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