第14話
家に帰ると、既に連絡が行っていたらしく、心配そうな表情を浮かべた両親が出迎えてくれた。
「リリア、大丈夫か? 怪我はないか!?」
「ああ、リリア、どうして城下町なんかに。クラリスからあなたとはぐれたと連絡が来てどうしようかと……」
「お父さま、お母さま、ごめんなさい私のわがままでクラリスを巻き込んで、そして勝手に迷子になっちゃった。だから、クラリスは悪くないの」
昔のリリアだったら、城下町なんてきっと出歩かなかっただろうな。そしてメイドという立場のクラリスのことも庇うなんてことはなかったと思う。
私のいつもとは違う行動や発言に、二人の戸惑いが伺える。
「そうか――いや、いいんだ。リリアが無事ならそれで。今日はもう食事にして、ゆっくり休みなさい」
「ええ、そ、そうね。さ、リリア? 行きましょう」
◆
ああ、私はまた暇になってしまった。
昨夜の食事の席で、お父さまから城下町への出歩きを禁じられてしまった。
今回はたまたまお母さまの《加護》があったから危険な目に合わなかったのかもしれないが、次はどうなるか分からないから、と。
もし本当に行きたいのであれば、警護を沢山つけること、と。
「そんな警護とか付けて酒場に行けるわけないよ~」
現実的ではない展開に溜め息をつく。
あー、城下町は最高だったな。マルシェのような出店で売られていた色とりどりの野菜や果物。そして一本狭い道に入れば、異国情緒漂う小物が売られていて、きっと時間がいくらあっても周りきれないと思う。
そして、極めつけはあの、フロギーの酒場。少ししかいられなかったけれど、受付で集まったセンシャルの人たちは仲良く討伐に行ったのかしら? もう少しいたら元々の目的だった魔法使いにも出会えたのかなあ……。
「うう……ダメって言われると余計行きたくなる」
でも、クラリスにお願いしても絶対に連れて行ってくれないだろうしなぁ。
それに、もしお父さまやお母さまにバレたら、クラリスは処罰を受ける事になるかもしれない。
――確か、城下町までは馬車も短い間しか乗っていなかったし、そんなに遠くないはず。服もクラリスがいくつか仕立ててくれた中で一番地味なベージュカラーのものに深緑のローブを羽織ればそんなに目立たないだろうし。
今はまだ午前中。すぐ行動に移せば夕方までには戻ってこれる気がする。
「行ける……わね」
クラリスだけは私の部屋に出入りするし、すぐばれる可能性があったので書置きを残しておいた。
“夕方までには戻るから、それまで何かあったら言い訳よろしくね! リリア”
◆
予想通り、城下町までは一時間もかからずに到着する事ができた。
でも、リリアが持っていた細いヒールで長く歩くのは、ちょっと辛い。
はやくフロギーの酒場に行って、マスターに100%ジュースを作ってもらおう。
逸る気持ちを抑えきれず、早歩きで人混みの中を進み、広場へと通じていそうな脇の小道に入った。薄暗くて人がすれ違うのが精いっぱいの細さ。ちょっと怖いけれど、そんなに長くもないし、ササっと通り抜ければ問題ないでしょ。
そして――足元にあまり注意を払っていなかった私は、道の中央に投げ出されていた足を、思いっきり細いヒールで踏みしだいた。
「いってえ――――――――!」
「ごっ、ごめんなさい!!!!!!」
頭を勢いよく下げて謝罪する。
どうやら、道の脇に座っていた人の足を踏んでしまったらしい。
「んだよ、すげえ痛えわ。あー、こりゃ相当ひどい怪我だわ」
ん? なんか雲行きがあやしい……?
「おい、どうした?」
「これ見てくれよ。あーあ、血ぃ出てるわ」
仲間もいるの……。目深にかぶったフードの隙間から少しだけ様子を伺うと、明らかに柄の悪そうな男性二人組が私を見下ろしていた。
「お嬢ちゃん、こんな怪我させたら何したらいいかわかってるよな?」
「本当にごめんなさい……。お医者様にかかるお金はお支払いしますので」
これで終われればいいけれど……。
私の脳裏に、元居た世界で見聞きした事件の記憶が呼び起こされる。
「んー……?」
足が痛いと言っていた男の手が、フードの隙間からはらりとこぼれた私の髪の毛を掬う。
次の瞬間、フードは取られ、顎をつかまれ上を向かされていた。
「なんだ、上玉じゃん」
「ちょ、ちょっとやめてください!」
顎にかけられた手を振りほどく。
どうしよう。誰かに助けを求めようにも、この道に全然人がいない。
こういう人がいるから、皆避けていたのかも。不覚。気づけなかった……。
「30万ディン」
「え……?」
「だから、治療費。30万ディン。払える?」
そんな法外な。それに、いつもは金銭の管理はクラリスがしてくれているから、私個人の手持ちはそう多くない。払えるわけがない。
「今はそんなに持ってないわ。でも、家に帰ればあります。後で届けに来ますから」
「はあ~、お嬢ちゃん、ぬるいな。そんなん俺らが許すと思ってる? そんなこと言って逃げられたらこっちも困るんだよ」
「逃げなんてしないわ!」
「払えないなら、一緒に来てもらうしかないんだわ」
グッと距離がつめられ、手首を強い力で掴まれてしまう。
どんなに力を入れても振りほどけない。
「はは、こんな上玉だったら金なんかいらねーよ」
「大丈夫、怖い事はしないから。楽しもうぜ?」
もう一人の男が私の方に手を置き、耳元でささやいてくる。
まずいまずいまずい。やっぱりお母さまの《加護》は効いてたんだ。なんでこんな道に入っちゃったんだろう、時を巻き戻したい。どうしよう。
「やめてください!!!!!」
出来る限りの声を出すけれど、誰もいないからっぽの道に虚しく溶け込むだけだった。
「やめて……」
ズルズルと二人の男に両腕をつかまれてどこかへ連れていかれる。
こんな事なら、大人しくお父さまとお母さまのいう事を聞いておけばよかった。
「――何をしている?」
諦めかけたその時。
光に照らされた道の出口に、黒い影があった。
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