第15話


「あん? なんだ兄ちゃん。こっちは仲良くやってんだわ。お前が入る隙はねえっつーの」

「そこの彼女は嫌がっているように見えるが?」

「お前に関係ないだろ」


こちらが暗がりだから、黒い人の表情が良く見えない。


「た、助けてください!」


お願い……助けて……。


「はぁ、魔物よりもタチが悪い人間もいたもんだ」


そう言うやいなや、黒い人は瞬間移動でもしたような速さで私たちの目の前に立ち、男たちの首筋に手刀を入れた。


「グフっ」

「ぐぁッ」


一瞬の出来事で、彼らも何が起こったか分からないうちに昏睡したのだろう。

掴まれていた腕は赤い痕を残して解放された。

そして、私もまるで狐につままれたような気持ちだった。

あまりにも、一瞬で終わってしまったから。


「あ、ありがとうございます」


下を向いて首をコキコキする黒い人にお礼を言う。

全身真っ黒だったから余計影のように見えたの……ね……? ん?


「あ―――――――――っ! 態度悪男―――――――!」


また思わず指をさしてしまった。

黒い人は、まぎれもなくあの態度が悪い剣士、グレンだった。


「またお前か……。俺には何か役病神でもついているのか? 《ラツク》を上げる装備でも買うか」


相変わらず今日も態度が悪すぎる。心の底から嫌そうな顔をしている。

でも、今回は本当に助かった。


「その、助けてくれてありがとう」

「礼はいい。それにしてもなんでこんな道を通ったんだ。マスターも言っていただろう。この町にはこういう奴らも集まってくる。お前みたいな奴が一人で無防備に歩ける場所じゃない」

「それは……確かにちょっと意識が足りなかったわ。でも、どうしてもまたフロギーの酒場に行きたかったの」


もちろん色々観察したいという気持ちもあったけれど、あそこはなんだか居心地が良かった。お屋敷にいて、限られた人としか交流しない中で、外の人と会話出来ることが純粋に嬉しかった。


「まあいい。俺には関係ないが、忠告したからな。あとは自由にしろ」


そう言うと、くるりと黒革のコートを翻し、スタスタと歩き始めてしまう。

レディが怖い思いをしたんだから、もうちょっと慮る言葉を掛けられないの!? と思うけれど、態度悪男だからしょうがないか。早くこの場を去って、フロギーの酒場に行こう。ならず者も来るかもしれないけれど、マスターが居ればきっと大丈夫な気がする。

そして、一歩を踏み出そうとした時に、足首に鈍い痛みが走った。


「いった……」


どううやら最初に男の足を踏みしだいた時、足首をひねってしまったらしい。絡まれている最中はあまり感じていなかったけれど、安心を得た今になってズキズキし始めている。

ヒールを脱いで歩きたいところだけれど、道に何が落ちているかは分からないし、怪我をして今よりも状況を悪化させてしまうかもしれないし……。

仕方ない。我慢してひょこ、ひょこ、と歩き始める。ヒールが石畳を打ち、変則的なリズムを奏でた。


「――おい」


ほんの数メートル歩いたところで声を掛けられる。

ずっと足元を見ていて気付かなかったけれど、顔を上げればすぐそばにグレンがいた。


「その足、どうしたんだ」

「さっきのゴタゴタでひねっちゃったみたいで……って、あなたまだ行ってなかったの?」


グレンは蒼翠色の瞳を私の足首に据え、相変わらず眉間を寄せてムスっとした表情をしていたけれど、何を思ったか突然右ひじを突き出してきた。


「ん」

「えっ?」


な、何? 突然のひじ攻撃……? 全然届いてないけど……。


つかまれ」


思わぬ申し出に頭が混乱してしまう。嘘でしょ? 態度悪男が? 歩くのが大変そうな私を支えようとしてくれている?

まじまじと、ひじを見つめてしまう。っていうか革のコートとか暑そう……。


「必要がないなら、いい」


あまりにも私が何も言わないことに痺れを切らしたのか、グレンはすっと腕を下ろしてしまった。


「あ! ちょっと待って! ありがたく摑まらせていただきます!!」


――なんだ、態度悪男にもいいところあるじゃない。

ちょっとだけ見直して、小声で「失礼しまーす……」と言いながら腕に摑まる。

革のコート越しに、その下のしっかりとした筋肉を感じた。ちゃんと鍛えているのね。


「フロギーの酒場でいいんだな?」

「ええ!」

「酒場までだからな」


そうして、私はグレンに支えられながら、ゆっくりと歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る