第7話


「ギルさま、制服がとってもお似合いだわ」

「ああ、お声を掛けられるなんて羨ましい」


周囲の女生徒たちの興奮したささやきが聞こえてくる。

――まあ、彼女たちの気持ちもわかる。すらっと伸びた手足と、細身だが筋肉質な身体。それを包みこむ黒い制服には上品な金の刺繍が施されており、ギルの瞳の色にぴたりと合っていた。

最初に出会うキャラクターだけど、私も「彼を落とす!」ってすぐに決めたくらいだもんね……。すごいクールだから、仲良くなるのに時間がかかったんだけど。


「今日はどうしたんだ。迎えの者をやっても既に発った後だというし、制服でもない」


あっ、そうだった! 今日は連れ立って登校する予定だったのよね。エミリエルがその様子を見るんだから。少し、世界の流れが変わっちゃうかな……。でもそれを言ったら“婚約破棄”もシナリオにない事なんだもの、これくらいいいよね?

頭の中でぐるぐる考えていると、

「それに――、いつもと違う感じだが、その、似合っている」

と、ギルが少しだけはにかんだ。


ス、スチルー! ここ、スチルでー!!!!!

っと、いかんいかん。取り乱してしまった。確かにクラリスが言う通り、リリアとギルの仲は悪いわけじゃないみたい。ううん、むしろギルの性格を考えると良い部類にはいりそう。


でも……ごめんなさい。私のわがままを許してください。

この先エミリエルをいびって、バレて、糾弾される展開なんて面倒くさくてやってられないの!


「ギルさまにそう言っていただけて嬉しいですわ。そして、折角お迎えに来て頂いたのに、わたくしのご無礼をお許しください」


胸に手をあて、そっと視線を伏せる。

そして顔をあげ、まっすぐギルの目を見て宣言した。


「ギルさま、重ねてのご無礼になります。わたくしとの婚約を破棄してくださいませ」


私の突然の告白に周囲は一瞬水を打ったように静まり返った。

が、その数瞬後、一気にざわめきが広がる。


「婚約……破棄だと?」


全く予想外の言葉だったのだろう。切れ長の目が大きく見開かれ、なかなか次の言葉が出てこないようだ。

わかる。突然すぎるよね……。ギルにも申し訳ないし、彼との関係を構築してきた元のリリアにも申し訳ない。でも、ギルにはこの後とっても素敵な婚約者ができるから。だから、私の嘘も受け入れてほしい。


「どういうことだ」


既に驚きの表情は秘められ、真実を見極める強い視線で私を射抜く。

彼に疑われないように、そして私の家にも影響が及ばないような理由をずっと考えてきた。


嘘をつくときは、真実をベースにする方がいい。そして、なるべく矛盾が無いように。そのために昨日はクラリスにリリアの事を根ほり葉ほり聞き出した。クラリスは「こんなにお忘れになることがあるのですね」と言っていたけれど。


彼女によると、リリアは魔力の総量が人よりも飛びぬけて多いらしい。それゆえに起こる問題がひとつ。それは『予知夢』を見てしまうこと。

起きている時は魔力を制御出来るけれど、寝ている時だけはどうしても緩みが出てしまうらしく、時折未来の出来事を夢で知ってしまうのだそうだ。


この事を知っているのはロレーヌ家の人間とリリアの第一メイドであるクラリス、そして婚約者のギルだけ。予知夢を見るという事が広く知られると、その能力を求めて様々な問題が起こる事を避けた結果だという。


「ギルさま、わたくし夢を見たのです。ギルさまが、わたくし以外のこちらに通われる女性と素敵な家庭を築かれている夢でした」


ギルだけが、この言葉の重みを理解できる。

だってリリアの予知夢は、今まで外れた事がないのだから。


「ですから、わたくしではなく、その方とぜひ交流を深めて頂きたいのです。わたくしが婚約者のままだと、不都合が生じます」


周囲は突然「夢」の話をし始めたリリアに訝し気な視線を送る。

でも、ギルにはわかっているはず。


「それは本当なのか」

「ええ、残念ながら」


今までどんな「夢」も、覆らなかったということ。

そして今回も、覆らないであろうこと。


「そしてわたくしはこれ以降、この学園には足を踏み入れません。このあと、学園長に退学についてお話してまいります」


リリアの突然の婚約破棄宣言に続き退学宣言を聞き届けたギャラリーは、それはもう蜂の巣をつついたような様子になった。

きっとこの中に、エミリエルもいるはず。

頑張ってね。


私の意思の強さが伝わったのか、ギルは「わかった。父上には俺から説明しよう。うまい理由を考えておく」と言葉少なに言った後、事の顛末を見届けた学生たちに、他言無用である事を言い含めた。


ここまですんなり受け入れてくれたのは、おそらく私にそんな夢を見せてしまったことに対する、彼の優しさもあるのだろう。

ごめんなさい、そしてありがとう。


――こうして私は、ほろ苦さを抱きながら、晴れて自由の身になった。

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