第6話


「うわあぁっ! クラリスすごい! 魔法使いだわ!」


思わずクラリスの手をとって感嘆の声をあげる。


「わ、我々メイドはご主人さまのお世話のために必要な生活魔法を習っておりますので、凄いことではございません。むしろお嬢さまの方が大変素晴らしい魔力をお持ちですので、この位で驚かれることではないかと……」


突然手を握り締められて驚いたのか、クラリスは赤面しながら答えてくれた。

きっと今までこんなに近づいたこともなければ、主人であるリリアから労いや賞賛の言葉をかけられたことがないのだろう。

リリアめ……。元人事部から言わせてもらうと、その人の資質は周囲の人への関わり方でもわかるのよ……。リリアがうちの会社を受けてたら絶対最低評価をつけていたわ。


――というか、大事なことを忘れてた。私は魔力に秀でてるから学園の入学を許可されたのよね。今は全く使い方がわからないし、自分の中にある魔力を何も感じないけれど、自由になったら魔法の使い方をマスターするのもいいかも。


「それにしても本当に素敵なドレス。クラリス、本当にありがとう」


でもその前に。自分がやりたいことをするためには、自由を得なくっちゃね。


 ◆


翌日は雲一つない快晴だった。


こちらでも入学式というものは花が咲きほこる時期に行っているらしい。学園に向かう馬車に乗る前に少しだけ眺めることが出来たが、ロレーヌ家の屋敷の前に広がる庭園では、美しく競うように花びらを重ねた花々が、芳しい香りを放っていた。


でも、正直今日の私は花よりも美しい自信がある。

クラリスが素敵な魔法で仕上げてくれた水色のドレスで身を包み、髪の毛は緩いウェーブを活かして編み込みのハーフアップにした。リリアが持っているアクセサリーは全てゴテゴテしていたから付けなかったけれど、ドレスに刺繍されたビーズが陽の光を浴びて時折キラキラと光り輝く。


勝負の日。誰よりも凛々しく美しく。

公爵家令嬢として、ギルにしっかりとこの想いを伝えなくては。


「お嬢さま、到着いたしました」


キィ、と開いた扉から静かにステップに足をかけ、御者の手をとり地面に降り立つ。


「す、すごっ」


淑女らしからぬ声が思わず出てしまった。

そこには【聖女と12人の騎士】のOPで見た学園が、そっくりそのまま聳え立っていた。

まるで中世ヨーロッパのお城。白い石造で、左右対称になっている。門から建物までは長いアプローチと庭園があり、真ん中には意匠が凝った噴水が飛沫を上げていた。

こんなの、テレビでしか見たことないよ……。


「あちらのお方、リリアさまかしら……?」

「でもなんだか雰囲気がとても変わられたわ。お美しい……」

「あれが? 嘘だろ?」


何やら周囲がざわついている。変なあだ名も聞こえた気がする。

ふと目をやれば、皆統一されたシンプルな服の上にローブという、制服姿の学生たちが私のことを遠巻きに見ていた。


「若いっていいわねぇ」


制服を着ていたのなんてはるか昔。第二ボタンとか、もらいに行ったなぁ。元気かな、バスケ部の先輩。……でも、第二ボタンもらえなくて、手首のところについてるちっさいボタンをもらったんだよね。心臓から一番遠いよね……。あれ、どうしたっけかなぁ……きっと捨てたなぁ……。

思わず昔のことに思いを馳せてしまう。


周囲のざわめきを気にせず噴水の前まで足を進め、飛沫の煌めきを眺めながら物思いにふけっていると、ふわりと暖かい風がドレスの裾をはためかせた。


「リリアか?」


一段と大きくなったざわめきの中でもよく響く、静かで落ち着いたトーンの声。

――来た。


「おはようございます、ギルさま」


私史上最高の笑顔で振り返る。

そこには、制服をカチッと着こなし、風に揺れる銀色の髪の毛の合間から鋭い金色の瞳を覗かせる男性が立っていた。

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