第8話 はらぺこ@神田
「で、美味しいハンバーグにつられて知らない男についていったってわけ? 私にはついてこなかったのに」
目の前で頬杖を付きながらこちらを睨んでくる少女に、千代は顔の前で手を振りながら言い訳の言葉を探す。
「い、いやあのその。あのときは、軍がいたから……それに、豊鳥さんはすっごく優しい人だったんですよ!」
「言い訳がましいのよハンバーグホイホイ‼」
「ほ、ホイホイですか!」
「鼠追ってたこっちの苦労も知らないで……」
「ハンバーグ美味しかったですよ」
「そりゃよかったわねハンバーグ脳」
「あの、これ食べていいですか? 冷めてしまいます」
どうやら、少女の頭の中には今、ハンバーグしかないようだった。目の前に差し出された女店主特製のハンバーグに目を輝かせている。
「人の金で食べるハンバーグはさぞおいしいでしょうね」
いやみったらしく言ったものの、その不満は向かいの少女にはハンバーグに遮られて届かなかったようであった。付け合せのライスまで頬張って頬を綻ばせる姿にむしろ安心すら覚えるほどである。ノエルは小さく溜息をつく。
「楠木千代……どこのお嬢様だか知らないけど、飛んだトラブルメーカーね」
「えへへ」
「褒めてない」
路地裏で再会を果たした二人は、再び『WeirdoS』へ戻っていた。本来、話を聞くだけで飲み食いはしないつもりであったが、腹の虫を鳴らした白髪の少女に何か与えないわけにもいかず。ノエルの懐は寂しくなってゆく。
「その男も大概よ。約束だけして蒸発なんて、とんだ無礼者ね。何がしたいんだか」
「でも、豊鳥さんは悪い人には見えませんでしたよ!」
「会ってすぐの人間を信じ込むなんて迂闊(うかつ)にも程があるわ。そもそも、そいつが人間である確証だってないもの」
「……そう、ですよね」
ノエルの厳しい言葉は、少女の胸にぐさりと刺さる。ナイフとフォークを動かす手を止め、俯いた。
「……アンタが困ってるのはわかるけど、こっちも鼠探しで忙しいの」
「鼠探し……?」
「そ。でもアンタがさっき追っかけてたような鼠じゃないわよ。『渋谷の大ネズミ』っていうもっとでっかい化け鼠。まあ鼠だから結局小さいんだろうけど」
ノエルはジェスチャーでその大きさを示し、諦めの混じった声で告げた。
ノエルの言葉の節々に棘がある。豊鳥が優しかっただけなのか、はたまたノエルが正しいのか。どちらにせよ、ノエルの言葉は現実的だった。
肩をすくめる千代を見て、ノエルはうーんと顎に手を当て、
「ま、アンタが食べた可能性もあるかもね?」
なけなしのからかいをする。
「た、食べたですか!」
「ハンバーグ脳ならやりかねないのよ」
「豊鳥さんとハンバーグは別です! まず形が違います」
「って。違う、そうじゃない」
ノエルの冗談を真に受けて、少女は心底驚いた様子で大きく口を開けた。そのリアクションを楽しんだノエルは、改めて話を切り出す。
「アンタ、人の金でハンバーグ食い荒らすのが目的じゃないでしょうね? この私のことを騙そうなんて思わないことよ」
「そ、そんなこと思ってません!」
あわあわと弁解し、千代の手は止まった。
「まあ、落ち着いて食べなさいよ。腹減ってるんでしょ?」
「ノエルさんは食べなくていいんですか?」
「どの口がいうのかしら⁉」
天然が炸裂する白髪頭に軽いチョップを食らわせる。いてっ、と声を出し、千代は頭をさすった。
すると少女の白髪から一匹の鼠が飛び出す。先程千代が追いかけ、ノエルが捕まえた鼠である。
鼠は千代の肩からテーブルに飛び移り、ノエルに歯を向ける。
「随分懐いてるじゃない」
「懐かれるようなことした覚えないですよ?」
千代は眉をハの字にして答える。
「鼠は一匹だけ?」
「この子はずっとそばにいるんです。他の子は見たこと無いけど。でも」
千代はショルダーバッグから一眼レフを取り出し、ノエルに差し出す。
「この中に、入ってると思います。鼠の写真」
カメラを受け取り、ノエルはフォルダを遡る。そこには、ゴミ捨て場を漁る小型の鼠たちと、それらより一回り大きな鼠が写っていた。日付は数日前。烏丸が「現場を抑えた」と言っていた日と一致する。
「これが『渋谷の大ネズミ』……」
「豊鳥さんが撮ったものです。お役に立ちましたか?」
ノエルはその写真をしばらく見つめる。そして、顔を上げて千代と、肩の小さな鼠を見つめる。
「……いいわ。その記者探し手伝ってあげる」
「ほ、本当ですか!」
「その代わり」
そして、ノエルはニヤリと笑う。
「私の協力もしてもらうけどね」
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