第12話 科学者のモノローグ その一
東京、霞ヶ関。夜に
「もしもし? いーちゃん? 一滋だけど」
『あら流石』
女は感心した言葉を口にするも、声色はさほど驚いていなかった。どこか会話を楽しんでいながらも単調な様子で受け応える。
「コール音一回目までに電話に出るのは全人類の常識だよ? 待たせるなんて論外論外」
電話の向こうの女は乾いた笑いをし、話を切り出す。
『どうだったかしら、私が送った鼠』
「そりゃあもう、都市中が大騒ぎだよ! 夜な夜な鼠が大移動してるって目撃証言も出回ってる。王様がいるからねえ、リアル参勤交代だよ」
『大移動……やっぱり、渋谷は簡単に離れられないのかしら』
興奮した口調の一滋に、ぼんやりと呟く女。二人の会話の調子はどこか噛み合っていない。
「それにしても……ハム太郎にあの皇女サマを食べさせるなんて、流石いーちゃんだね」
『皇女? 何のことかしら?』
「え?」
電話越しに不思議がる女性に、一滋は呆気に取られる。
『『渋谷の大ネズミ』を神田に連れて行ったのは私だけれど。でもその後のことは知らないわ』
「おぅ、無責任……え、じゃあ、たまたま皇女サマが食べられちゃったってこと?」
『らしいわね』
自身が元凶だとわかっていて、まるで他人事のようにさらりと返答する女。
『特定の土地に根付いた妖怪がその場を離れたらどうなるか……気になって放り込んでみたけれど、興に転じたわね』
「全く……面白い! 『死神』といい『渋谷の大ネズミ』といい、
『楽しそうね、私も混ざってこようかしら』
「いんじゃない? いーちゃんもきっといい兵隊を見つけられるわ!」
しばらくして通話を終えた一滋は、回転椅子を回して、来訪者の方を向く。
「さて、カリスマ鴉のお姉さん? どうだった、斬られた気分は?」
一滋が回転椅子を回した先に、リュックサックを背負って佇む烏丸がいた。
「……」
「あーれだんまりだねえ? 答えてくれるだけでいいんだよ?ちゃんと依頼金だって出すんだから」
「……あまり、気分はよくないですよ」
「そう。でも楽しかったんじゃない? 強くなっちゃって」
椅子をぐるぐると回して
「記憶、殆どないんです。『死神』が助けてくれたって槻山さんは言ってましたけど」
「意識飛んじゃうのか……調整ミスったかな?」
「あの、さっきのトンカラトンはなんだったんですか? トンカラトンって言えと問われる前に切られましたけど」
烏丸は不満げに問う。オカルトの条件をわかっていた烏丸さえ不意打ちだったのだ。一滋は目を輝かせて答える。
「ああ、あれはね。私の特製トンカラトン――その名も秘伝の豚から! っていうのは冗談ね。よくできたオカルトだろう? あのタイミングで送り込んで正解だった」
自画自賛し、一滋は立ち上がる。
「『死神』とあそこまで張り合えたんだ。よく頑張ったじゃない」
自分よりも背の高い烏丸を見上げ、慰めの言葉をかける。烏丸は冷たい目で一滋を見下ろす。
「オカルトの理の
「やだなぁカリスマ天狗、そんな悪意なんてないよ? 私はただこの手でオカルトを生み出してるだけ。人とオカルトのよりよい共存のためにね」
釘を指す烏丸だったが、一滋はさらりと受け流した。
「このことは部外秘だぜ、よろしくね」
いそいそと退室した烏丸を見送り、一滋は呟く。
「落ちぶれかぶれた大妖怪でも、モルモットぐらいにはなれる……資源のいい使い道だね」
再び回転椅子にどっかりと座り半回転。椅子から垂れた白衣もつられて揺れる。大きなモニターを備え付けたデスクまで椅子を動かし、マウスに手をかける。
「あーあ、恭介もエンジニア野郎もいない。私の相手をしてくれるのは君だけだよインターネット……」
検索エンジンのバナーの下に表示されたネットニュース。『神田駅の空飛ぶトンカラトン⁉︎』と文字が躍る。クリックしてページを開く。目撃者が激写した、烏丸と黒フード。子供の悪巧みのよう一滋は笑う。
「さーて、今度は何を作ろうかなぁ……ふふっ」
《おまけコーナー・登場オカルトまとめ》
●渋谷の大ネズミ
名前の通り、渋谷に現れる巨大なネズミ。「東京ビッグマウス」とも。都市部の人間の食べ残しを食べて巨大化した彼らは、遂にカラスや他の動物にまで手を伸ばす。もちろん肉食。本来オカルトでは無いのですが、作品にどうしても出したかったのでオカルトという類になりました。
●鴉天狗
古来より日本に伝わる、鴉の頭に山伏装束の大妖怪。剣術を得意とし、何より素早い。京都府にある鞍馬山の鴉天狗は、幼少期の源義経(牛若丸)に剣術指南をしたという伝説も残っているスター。日本のアニメ・漫画でも引っ張りだこの有名な妖怪です。
●トンカラトン
児童向けホラー小説及びアニメ「花子さんが来た!」で一躍有名になった近代妖怪。夕暮れ時に遭遇すると、「トンカラトンと言え!」と言われる。指示に従わなかったり、聞かれる前にトンカラトンというと、問答無用で切られ、仲間にされる。保育園児の頃からの筆者のトラウマで、そのためネットで奴を調べることなくトラウマの記憶だけで書いたらしいよ
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