第60話 買い物、終了!




 色々と難航なんこうはしたけれど。

 それでも何とか上の服は決まった。


 今度はズボンか……。


「もう『仮想体システム』については大丈夫かな?」

「まだあやふやなところはあるけど……大丈夫、だと思いたい」

「そう。じゃあ、次は『オーバーブレイク』だね」

「『オーバーブレイク』か……」


 そういえば。

 あの『仮想体システム』の話ってこの『オーバーなんちゃら』ってヤツを説明するためだったんだよな。


 忘れてたのかって?

 違わい!


 色々と小難しい話はしてたけど。

 要は『仮想体システム』っていうのはバトルをめちゃくちゃに楽しむためのシステムだってことだろ?


 で、『マナ』が体を守っている状態のことを『仮想体』っていうらしい。


 ほら、ちゃんと覚えてる。

 俺の頭はそこまでヤワじゃないんだよな。

 だから大丈夫だ、問題ない。


「で。『オーバーブレイク』のことなんだけど」

「おう」

「『オーバーブレイク』っていうのは……あっ、ちょっと待って。お菓子食べたい」

「いや、話せよ」


 いきなり手渡された大きな紙袋を両手で抱える。

 中に入っているのはこん色の安いシャツ。


 お値段は大体二千五百ルーツくらい。

 我ながら良い買い物をしたと思う。

 金を出したのは俺じゃないけど。


「そのお菓子は?」

「ん、ゴム味のグミだってさ。前から気になってたんだよね」

「えっ?」


 な、なんだその凶悪そうな味は。

 グミがあることにも驚きだけど、それ以上に味のチョイスがヤバイ。


「さて、話を戻そうか」

「お、おう」


 紙袋を肩にかけ直しながら適当に相槌を打つ。

 シーラは袋を開け、そこから妙に黒っぽい色をしたグミを口に入れてから話し始めた。


「さっき言った『仮想体システム』なんだけどさ。っ」

「うん」


 あ、今少しだけ顔がゆがんだ。


「すごくたまにだけどその『仮想体』が上手く機能しない時があるらしいんだよね」

「……えっ?」


 ……それって、結構マズイくないか?


「それって大丈夫、なのか?」

「大丈夫じゃないよ。『仮想体』がないとバトルするだけで大怪我しちゃうわけだからさ」

「だ、だよな」


 俺はそんなレアケースに当たってしまったのか。


 心なしか。

 少しだけ固くなったようなシーラの声を聞きながら、そんなことを思う。

 できれば、そんなレアケースじゃなくて普通に宝くじとかが当たって欲しかったよ。


 宝くじがあるのかどうか知らんけど。


「原因とかはわかってないのか?」

「そうだね。詳しい原因は……まだわかってないらしいかな」

「そうなんか……」

「でも、大体の原因は『偽作ぎさくカード』のせいじゃないか、とは言われてるみたい」

「あー、うん?」


 何だそれ。

 『偽作カード』?


(聞いたことないな)


 口にグミを入れ、シーラが大きく顔をしかめる。

 首を傾げた俺はそこに質問をかぶせた。


「なあ、その『偽作ぎさくカード』ってのは?」

「偽物のカードのこと。最近、かなり出回ってるみたいでさ。色々と問題が起きてるらしいよ」

「へ、へぇ。そうなんだ」


 偽札にせさつならぬ偽カードか。


「店頭価格よりも安いし、パッと見は本物そっくりなんだって」

「ほぉ、そりゃすごいな」

「だけど、実際に使うとさっきも言ったように『仮想体システム』が機能しなかったり、中にはデッキのカードが丸ごと使えなくなったりすることもあるらしいね」

「……それマジ?」

「本気と書いてマジ、ってヤツかな」


 偽カード使うとそんなことがあったりするのか。

 恐ろしいな。

 ……カードゲームが当たり前なこの世界ならでは、って感じだ。


「まあ、そんな感じ。で、『仮想体システム』が上手く機能しない現象のことを『オーバーブレイク』って言うんだと」

「なるほどなぁ……」

「私的には、もしかしたらクロハルのデッキにそういうカードでも入ってたんじゃないかな? って思ったんだけど心当たりは?」

「いんや、全く」


 当たり前だけど心当たりは全然ない。

 だって『カードオフ』でしかカードを買ったことないもん。


 第一、レオさんは偽カードを売るような人じゃない。

 それどころか『カードオフ』という店自体が公式の大企業と契約を結んでるカードショップだ。

 そんな大手の店が偽カードを扱ってたりしたら今頃とんでもない騒ぎになってるはず。


 けど、そういった話は聞いたことがない。

 つまりはそういうことなんだろう。


(今度レオさんにも『オーバーブレイク』のことを聞いてみるか)


 レオさんならこういった話にも詳しいんじゃなかろうか。

 何ていったってカード専門店の店員だし。

 カードのことにはまあ詳しいはずだ。


 シーラの横を歩きながら、そんな風に考えをまとめる。

 そこでふと、シーラの足が止まった。


「これとかどうかな?」

「ん?」


 横一列にびっしりと並んだ多種多様なズボン。

 その中から、一際地味な茶色のズボンを手に取ったシーラがそれを見せてきた。


「これは……」


 見せてきたズボンを俺も手に取ってじっくりと見回す。


(触り心地はいいな)


 茶色はあんまり好きではないけど、触り心地は悪くない。

 それに、ケツポケットもちゃんとある。

 機能性を重視する俺からすればそういうのは結構嬉しい。


 あとは値段なんだけど。


「三千ルーツか……」

「いいんじゃない?」


 どうだろう。

 三千円くらいのズボンって安い方だったっけ?

 日本にいた頃は服の買い物は全部母さんに任せてたから相場が全っ然わからん。


 安いんだよな?


「あっ、そうだ」

「ん?」


 何だよ急に。

 いきなり「あっ、そうだ」なんて言われたらビックリするじゃ、


「そういえばあっちの方に五千ルーツくらいの」

「こっちでお願いします」


 どうやらこのズボンはまだ安い方のズボンだったらしい。

 シーラが何やら指を差してるようだが、その先は絶対に見ない。

 見ないったら見ない。


 目を閉じて、頭を下げた俺はシーラに向かってうやうやしくズボンを差し出したのだった。




 ☆☆☆




(なんか大層な買い物になっちまったなぁ)


 ありがとうございましたー、なんて店員の声を背中に受けながら店を出る。

 今の俺の恰好かっこうは新品でカジュアルなんだけど地味な服装だ。


 何、言ってることがよくわからないって?

 知るか!

 考えるな!

 感じろ!


 あと、前に着ていたヤツはシーラに「その服は流石に捨てても良いんじゃないかな」と言われたので普通に捨ててきた。

 まあ、そのおかげと言うべきか。

 さっきまで感じていた寒気も今はちょうど良いくらいにまで落ち着いた。


「そこそこ似合ってるよ。地味だけど」

「良いんだよ。俺は地味なのが好きなんだ」

「そうなんだ。ルードと同じだね」


 二人して店を出たところでシーラが話しかけてくる。


 ほお。

 ルードも地味なヤツが好き、と。

 そりゃあ良いことを聞いたな。


「なんか、本当に悪いな。こんなに服を買って貰っちゃってさ」

「気にしなくていいよ。あ、そうそう。あとでルードから下着を貰うのを忘れないでね」

「おうよ」


 ルードのことだ。

 きっと、適当な安物で済ませてくれてるはず。

 そう思っていると、隣からシーラが顔を覗かせてきた。


「さて、どうしようか。どこか行きたい店でもあったりする?」

「ん? いや、特にないけど」

「そう。じゃあ、私達の買い物も終わったし、みんなを探しにでも行こうか」

「そだな」


 長かったような。

 でも、短かったような。


 そんな買い物の時間は、こうして無事に終わりを告げたのだった。





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