第59話 『仮想体システム』





 周りからの視線にも慣れた頃。

 階段ではなく、エレベーターを利用して二階へと移動。


 そして、そこから。

 俺とシーラは洋服コーナーに向かって足を進めていた。


「それにしても災難だったね」

「ん? あぁ、そうだな」


 全くだよ。

 こんなことになるってわかってればそもそもバトルなんかしなかった。

 やはり挨拶あいさつ代わりにバトルを吹っ掛けるのは間違ってる。


 僕はそう思います。


「……それにしても驚かないんだな」

「何が?」

「何が、ってお前……『このこと』だよ」


 そう言いながらバッと両手を広げる。

 その下に広がっているのは、あられもないわけではないけど、あられもない俺の姿。


 だがしかし。


 シーラはそんな俺の姿を一瞥いちべつしただけで、特に反応を示すことはなかった。


「そうでもないよ。私だってそうなるとは思ってなかったし」

「そ、そうか」

「まあ、でも――『丁度良い』のかもしれないね」

「……何が?」


 足は止まることなく進み続ける。

 そこでふと、シーラがポツンと小さく言葉をこぼした。







「『オーバーブレイク』」







「……へっ?」


 シーラがポツンとこぼした小さな声。

 それをうまく聞き取れた俺は、思わず頭にハテナを浮かべる。


 そんな俺に。

 シーラは歩きながら少しだけ俺の方を振り向いた。


「まさかこの現象をもう一回見ることになるなんて思わなかったけど」

「っ!」


 どうやら。

 シーラは今回の事について何かを知っているらしい。

 それについて深く訊こうと思って口を開く。


 だが、




「まあ、そのために君と二人になりたかったわけだし」




 先に声を出したのは――シーラの方だった。




「……ということは『服を買う』、っていうのは嘘だったってことか?」

「んーん。それは嘘じゃないよ。ただ、クロハルには伝えておこうかな、って思って私が勝手にやってるだけさ。当事者だし」

「何か、知ってるのか?」

「そうだね。……知ってる、と言えば知ってると言えるのかな」

「っ」


 相変わらず。

 コイツは本当に色んなことに詳しいみたいだ。

 ありがたい、と思う反面。


 その知識量の多さを、少しだけ『怖い』と思う俺もいる。


「実際に体験したことだから。君も『それ』について知っておくべきかな、と思ってね」

「……なら、教えてくれ」

「いいよ。でも、その前に」


 歩き続ける足は止めずに。

 腰のポーチからお菓子を取り出し、包装の袋を開ける。


 そして。


 シーラは、そこから顔を覗かせたアメを自身の口に突っ込んで、




立体アクティブバトルの基本――『仮想体システム』のことから話しておこうか」

「……!」




 もう一度振り向いたシーラの瞳が俺を貫く。

 そのことに驚いて見開いた俺の目に、写り込んだのは。




 普段の姿からは想像もつかない、シーラのあまりにも真剣な表情だった。




 ☆☆☆




「結論から言っちゃうとね。立体アクティブバトルができるのは『仮想体システム』っていうシステムのおかげなんだよね」


「仮想体、システム……」


 『洋服コーナー』の看板を通り抜け。

 俺はオウムのように聞いたことを繰り返す。

 そこに、シーラが言葉を続ける。


「私もあまり詳しいことは知らないんだけどさ。この世界には『マナ』っていう不思議なエネルギーがあって」

「ふむふむ」


「『仮想体システム』はその『マナ』を利用して、立体アクティブバトルを起動させた人の周りをバトル専用の空間してしまうシステムなんだってさ」

「へぇ。……それはすごいな」

「だよね」


 俺の口から出たのは、心から思った感想だ。

 『マナ』とかいう魔法でも使えそうなエネルギーがあるのにも驚いたけど。


 でも、それ以上に驚いたのは、その『マナ』で何かを実体化させること。

 そんなことができるほどの技術が、もうこの世界に存在していること。


 そのことが、何よりも驚いたことだった。


「まあ、そのシステムのおかげでユニットを実体化させたり、攻撃をリアルにしたりできるんだけど」

「おう」

「でも、それだけだと攻撃された人は普通に怪我しちゃうよね?」

「……んまあ、そうだな」


 それはそうだ。

 実際にやってみたからわかることだけど。

 立体アクティブバトルは本当に色んな事が『リアル』になっている。


 炎の熱さもそうだし、剣とかの切れ味もそう。


 殴られれば痛いし、ライフにダメージを受けると体が重くなったりもする。


 もし、これらが全て『演出』じゃなかったら。


 そんなことになったら――『キング オブ マスターズ』で遊ぶどころじゃなくなってしまう。


(怪我人が出まくり、ってことだもんな。むしろ、危険物になっちまうよ)


「おっ、これとか良さそうだけどどう?」

「ん? あー、確かに良さそう……あっ、ダメだ。ちょっと高い」

「別に値段なんか気にしなくてもいいのに」

「いやいやいやいや! そういうわけにもいかないって!」


 俺たちを囲むように並んだたくさんの洋服。

 その中から選んだ服をシーラから受け取って、すぐに返却。


 流石に四千ルーツもするような高い服を買ってもらうわけにはいかんよ。

 俺のは安物でいい。


 それ以外はキャッチアンドリリースします。


「で、話は戻すけどさ」

「おう」

「そういった攻撃をされても大丈夫なように、『仮想体システム』を起動すると、その演出上の衝撃から守るためにバトルするマスターを『マナ』でコーティングしてくれるようにシステムができてるんだ」

「それが『仮想体』ってことか?」

「そういうこと」


 なるほど。

 つまりはこういうことらしい。




 立体アクティブバトルは『マナ』とかいう不思議なエネルギーで全てが再現されている。


 んで、その『マナ』で再現されたモノは全部が本物みたいになっているので攻撃されたら怪我をする。


 そういった怪我から守るために。


 立体アクティブバトルが始まると、マスターと周りの空間を『マナ』が専用のコーティングをしてくれる。


 そのコーティングのことを『仮想体』というらしい。




「だから『仮想体システム』って言うのか」

「そういうこと」


 それを作った人はすごく頭が良かったんだろうな。

 という感じで服選びはあんまり進んでないんだけど、会話は進んでる。


「あっ、良いの見っけ」

「何かあった?」

「おうよ。俺はこの服で」

「却下」

「おいぃ!?」


 こいつ、値段見ただけで却下しやがった!

 お前もキャッチアンドリリースするのかよ!?

 なんでや!


「流石にそれはないかな。千ルーツの服なんて中古屋でも売ってるよ。どうせなら新品にしなきゃ」

「お前の金銭感覚どうなってんの!? 金持ちか何かか!?」

「んー、一応金持ちなのかな」


 ……えっ?


「うそだ」

「ほんとだよ」


 思わずシーラの顔を凝視ぎょうし

 だが、俺の視線をモノともせずにシーラはあっけからんと言いのける。


「私のパパがアクセサリーショップの社長やってるからね」

「マジで!?」

「こんなことで嘘言ってどうするのさ」


 いや!

 ……うん。

 そうだね。

 こんなことで嘘言ってもしょうがないよな。

 うん。


(どうりでいつもお菓子を食べてるわけだよ)


 シーラの財源が発覚した。

 けど、俺は『安物至上主義』のスタイルを返るつもりはない。


 ……そういえば、まだズボンも買わないとダメなんだよな。


(これ、ちゃんと買えるのかなぁ……)


 ちょっと高いモノを買いたいシーラ。


 対。


 安いモノを買いたい俺。


 何故か拮抗きっこうしてしまっているその勝負に。

 先行きが不安になった俺は、思わず溜め息をこぼしたのだった。




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