第54話 猛攻を突破せよ




『ギガアアアアアアアアアアアアア!!』


 『暴風龍ゲオゴス』

 アタック4/ライフ3

 『速攻』


(流石にそれはキツイ、って)


 荒れ狂う風と共に、現れた翡翠ひすいの龍。

 その姿を見た俺の頬に冷や汗が小さく流れ落ちる。


「行くぜ! まずは召喚した『暴風龍ゲオゴス』の効果を発動! 『暴風龍ゲオゴス』はバトルゾーンに出た時にコスト5以下の相手ユニット1体を手札に戻すことができる!」

「っ!」

「やれ! 『暴風龍ゲオゴス』! バックストーム!」


 少年の声を受け、『暴風龍ゲオゴス』がその翼を大きく、激しくはためかせる。

 放たれたのは台風もかくやと言わんばかりの大風。

 それを喰らった『漆黒のダースデーモン』は姿をカードに変えると、宙を空高く舞ってから俺の手元に戻ってきた。


 クロハル

 手札2→3


「くっ、ダースデーモン……!」


 めんどうな。

 これで俺の防御札はゼロ。

 相手の攻撃を止めることができなくなってしまった。

 いや、それだけではない。


「さらに! 俺はドロップゾーンにいる『死風しにかぜ風来坊ふうらいぼう』の効果を発動!」

(ソイツもか……!)

「『死風の風来坊』は自分の手札が1枚以下であればドロップゾーンからノーコスト召喚できる! 来い! 『死風の風来坊』!」


 今度は相手のドロップゾーンから風が噴き上がる。

 そこから現れたのは、かさを深くかぶったボロボロな格好の男。


 『死風しにかぜ風来坊ふうらいぼう

 コスト5/風属性/アタック3/ライフ2

 【効果】

 『速攻』

 ①自分の手札が1枚以下であれば1ターンに1度だけ発動できる。このユニットをドロップゾーンからノーコスト召喚する。

 ②このユニットが攻撃する時に発動できる。コスト2以下の相手ユニット1体を選んで破壊する。



「これは……」


 どうするか。

 と、言ってもどうしようもない。

 緑髪の少年がニヤリ、と口角を歪める。

 そして、真っ直ぐに伸ばした右手の人差し指を俺に向かって突き立てた。


「アタックフェイズ! 俺はまず『死風の風来坊』で相手のライフに攻撃だ!」

(来るっ!)


 笠の切れ目の間から、鋭い目線が俺のを射抜く。

 とっさに身構える俺。

 『死風の風来坊』は腰から細い刀を抜き取ると、そんな俺に向かって迷わず斬りかかってきた。


「ぐっ!」


 『死風の風来坊』

 アタック3


 クロハル

 ライフ20→17


 細く鋭い衝撃が俺の体を左肩から斜め下に走り抜ける。

 踏ん張りきれなかった俺は、その衝撃に思わず体が後ろに一歩二歩とよろめく。

 だが、そこに。

 緑髪の少年が間髪入れずに追撃を仕掛けてきた。


「まだまだ行くぜ! 俺は『暴風龍ゲオゴス』で相手のライフに攻撃!」


 『ギガ、ゴオオオオオオオオオオオ!!』


 ワニのような口を開き、『暴風龍ゲオゴス』の前に大量の風が集まる。

 やべぇ、めっちゃくちゃ吸い込まれそうになるんだが。

 あと今更だけどこの立体アクティブバトルがやばい。

 本物っぽく見えるのに、これ全部実体化してるだけなのよな。

 だから、剣で切られようが炎で焼かれようが体には傷が付かない、というね。

 仕組みは全然わからんけどすごすぎる。


「ここで俺は『暴風龍ゲオゴス』の効果を発動!」


 とか考えてる場合じゃなかった。




「『暴風龍ゲオゴス』が攻撃する時――『相手の手札を1枚選んで捨てさせる』ことができる!」




 そう、これだ。

 俺が『風属性』相手に一番警戒していたもの。


 それは相手の手札を削る戦法――通称、『ハンデス』だ。


 知らない人からすれば「それって強いの?」と疑問に思うかもしれない。

 けど、これ。

 普通に強いです。


 カードゲームにおける手札というのは、選択肢であり『可能性』だ。

 手札が多ければ多いほど戦い方の幅が広くなる。

 まあ、要するにカードゲームの手札はプレイヤーにとっての『武器』だ。


 武器はいっぱい持っていれば強い。

 これくらいのことは誰だって知ってると思う。

 しかし、この『武器』であり、『可能性』である手札。

 それをガンガン破壊することこそが『風属性』の最大の特徴であり、俺が一番に警戒していたことだった。


「俺が選ぶのは一番真ん中にある手札! さあ、やれ! 『暴風龍ゲオゴス』! エアロフォース・グラビトン!」

「うぐぁっ!?」

「クロハル君!?」


 『暴風龍ゲオゴス』の放った風撃が俺の体を飲み込む。

 遠くからアルスの悲痛な声が聞こえたが、それに応えてやれるような余裕はない。


(くそっ……!)


 手札の真ん中にあったカードが一枚。

 荒れ狂う風に巻き込まれてドロップゾーンへと飛んでいく。

 重たい衝撃に体中を滅多打めったうちにされた俺は、風から解放されるとすぐにその場に膝を突いた。


「くっ……」


 クロハル

 手札3→2

 ライフ17→14


「へっ、ここからが本番だぜ。俺はこれでターンエンド!」

(……やってくれるじゃんよ)


 幸いなことに、飛ばされたのはマシなカードだった。

 ムカつくにはムカつくが、戦い方自体はかなりしっかりとしている。

 伊達だてにシーラの友達をやっているわけじゃない、ってことか。

 何とか手足に力を入れて立ち上がる。

 それで、つい自分の体を見た俺は普通に驚いた。


「うわっ、ボロボロになってる……」


 マジかよ。

 破けたところから俺のパンツとかシャツとか見えてんじゃん。

 やめてよエッチ。

 前までそんなことなかったじゃん。

 急にリアル感増すのやめてーな。

 こういうのはシー……うん、美少女とか女の子だけにして欲しい、と切実に願っておく。

 俺だって男の子なんでね。

 それぐらいは許してくれ。


「俺のターン、ドロー」


 クロハル

 マナ0→4

 手札2→3


 妙に痛む体にむちを打ってデッキからカードを引く。

 そのカードを見た俺は手札――ではなく、スペルゾーンの方に手を伸ばした。


「俺は2マナを使い、スペルゾーンからスペル『血の代償』を発動」

「なにっ?」


 マナ4→2

 スペルゾーン2→1


「『血の代償』の効果によって俺は自分のライフに2ダメージ与えてからカードを2枚ドローする」


 クロハル

 ライフ14→12

 手札3→5


「ドローカードを伏せてやがったのか!」

「あぁ」


 ハンデスはかなり厄介だからな。

 ライフが減るのは少し……じゃなくてかなりキツイけど。


「まさかお前っ、風属性のことを知ってたのか!?」

「さあ? どうだろうな?」


 睨んできた相手に肩を揺らして分からないアピール。

 どうかこれで動揺してくれ。

 いや、動揺しろ。


「俺は残った2マナを使い、手札から『死の商人ドエグ』を召喚」


 マナ2→0

 手札5→4


 『死の商人ドエグ』

 コスト2/闇属性/アタック1/ライフ2

 【効果】

 ①このユニットがバトルゾーンに出た時、デッキの上から2枚をドロップゾーンに送って発動できる。カードを1枚ドローする。

 ②このユニットが破壊された時に発動する。自分のドロップゾーンからカードを1枚選んでデッキの下に置く。


「俺は『死の商人ドエグ』の効果を発動。デッキの上からカードを2枚ドロップゾーンに送り、カードを1枚ドローする」


 手札4→5


「またドローカード……!」

「あとは、そうだな。手札を2枚スペルゾーンにセット」


 手札5→3

 スペルゾーン1→3


「ぐぐぐっ」


 緑髪の少年が俺のプレイングを見ながら歯ぎしりしている。

 かくいう俺も結構焦っている。


(『闇の放出』も『苦痛の一撃』も来ない、ってマジ?)


 幸いにもさっきハンデスされたカードはドロップゾーンからでも使えるカードだった。

 だけど、こんなにドローして欲しいカードが来ないってマジかよ。

 うせやん。


 緑髪の少年

 ライフ18


 『暴風龍ゲオゴス』

 アタック4/ライフ3


 『死風の風来坊』

 アタック3/ライフ2


 クロハル

 ライフ12


 『死の商人ドエグ』

 アタック1/ライフ2


(…………マジ?)


 相手のフィールドと自分のフィールドを見比べて、心に一言。


 『死風の風来坊』の効果で『死の商人ドエグ』が消えるのは確定。


 『暴風龍ゲオゴス』の効果で手札が一枚消えるのも確定。


 夢じゃないのかなぁ、これ。

 ……なんてぼやいても仕方ないか。


「俺はこれでターンエンドだ」


 ターンのエンドを宣言して、俺のデッキが光を失う。

 すると今度は相手のデッキが光り、その上に二本の指が乗せられる。

 そして、




「行くぜ。俺のターンだ」




 緑髪の少年は、その口を大きく歪めた。





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