第5話 『苦痛の咆哮』
配信が始まった当時、キングオブマスターズには、三つのスタート用デッキが存在した。
一つ目は、攻撃やユニット同士のバトルを得意とする火属性のデッキ――『怒涛の業火』。
二つ目は、ユニットの召喚やドローなどのテクニカルな動きを得意とする水属性のデッキ――『激流の大水』。
そして、最後の三つ目は、自分のライフを削ることで、相手のライフやユニットに直接ダメージを与えたり、カードの破壊などを得意とするデッキ。
自分で自分を追い詰める。
そうやって自らを窮地に追い込むことで真の強さを発揮する属性――闇属性。
そのデッキの名は――
☆☆☆
「今ここに苦痛の叫びを響かせろ! 来い! 『苦鳴の龍ベルギア』!」
カードが強い光を放つ。
そして、光が終わるよりも早く、そこに現れたのは、枝のように細い体を黒い鱗で包んだ――異彩の龍だった。
『苦鳴の龍ベルギア』
コスト6/闇属性/アタック4/ライフ4
【効果】
①このユニットは自分のライフが10以下であれば召喚コストを3減らして召喚できる。
②このユニットがバトルゾーンに出た時、または、自分のライフにダメージを受けた時に発動できる。相手のライフと全ての相手ユニットに3ダメージ与える。
「なっ!?」
男が驚きのあまり、目を見開いている。
それはそうだろう。
なにせ、俺が召喚した『苦鳴の龍ベルギア』のコストは『6』なのだから。
「なぜだ!? なぜコスト6のユニットを3コストで召喚してるんだ!?」
「効果だよ」
あまり驚かれ過ぎるのも気持ち良くない。
俺はベルギアの異様な姿に感動しながらそのワケを説明した。
「『苦鳴の龍ベルギア』は自分のライフが10以下の時、コストを3減らして召喚することができる」
「10以下だと? お前のライフは8…………はっ、そうか! お前が自分のライフを減らしてたのは!」
「お察しの通り、こいつを召喚するためだな」
俺がそう言い終わると、突然、『苦鳴の龍ベルギア』が大きく息を吸い込んだ。
「ついでにもう一個の効果を発動だ」
「も、もう一個の効果だと?」
「喰らえ――『苦痛の咆哮』」
本当に。
本当に、懐かしい。
懐かし過ぎて、少しだけ涙が出てきた。
かつて、このカードが入っていたデッキの名を告げた瞬間、『苦鳴の龍ベルギア』の口が大きく開かれた。
『グギァアアアアアアアアアアアアアア!』
まるで苦しみにのたうち回っているような、けれども、激しい怒りに身を焦がされているような。
そんな金切り声にも近い雄叫びが、男とそのフィールドにいたユニットたちへと襲い掛かった。
「うわあああああ!?」
『苦鳴の龍ベルギア』の叫びに飲まれた『火の拳マサル』と『瞬撃のバルサ』が耳を塞ぎ、苦しそうに悶えながら姿を消していく。
そして、叫びに飲まれ、膝をついていた男もしばらくして叫びが終わったことに気付くと、ヨロヨロと覚束ない様子で立ち上がった。
「バカな……俺のユニットたちが一瞬で消された……?」
ガラ空きになったバトルゾーン。
それを見た男は色の抜けた顔で呆然となった。
「バトルゾーンに出た時、相手のライフと相手の全てのユニットに3ダメージを与える――これが『苦鳴の龍ベルギア』の第二の効果だ」
もう聞こえていないかもしれないが、念の為に説明しておいた。
が、
「……聞こえてなさそうだな。ターン、エンドだ」
『苦鳴の龍ベルギア』の効果を言い終えた俺は、男のライフが15になっているの見てから、そのままターンを終わらせる。
呆然となった男は、しかし、少しは意識が残っているらしい。
自分のデッキからカードを引き、それをゆっくりとした動作でバトルゾーンに置いた。
「お、俺は5マナを使って……ほ、『炎の闘士レイガイス』を召喚する……」
カードから一人の男が姿を現す。
筋骨隆々な肉体に、簡素な腰巻を着け、右手に盾を持ち、左手に武器を持ったその姿は昔の剣闘士を連想させた。
『炎の闘士レイガイス』
コスト5/火属性/アタック3/ライフ3
【効果】
①このユニットがバトルゾーンに出た時に発動できる。相手ユニット1体を選んでそのユニットとこのユニットをバトルさせる。
②このユニットがバトルで相手ユニットを破壊した時に発動する。カードを1枚ドローする。
「ターン……エンドだ」
どうやら、『炎の闘士レイガイス』の召喚が最後の抵抗だったらしい。
「じゃあ俺のターンだな。ドロー」
目を閉じ、デッキからカードを一枚めくる。
(……さて、終わらせるか)
ドローしたカードを手札に加え、その中から一枚のカードを掴んだ俺は、それをスペルゾーンに置いた。
「俺は1マナを使い、スペル『痛み分け』を発動」
マナを受け、光ったカードから小さな闇が俺と男に向かって飛翔した。
「『痛み分け』の効果で全てのプレイヤーのライフに1ダメージを与え、痛てっ」
「うぐっ」
小さいくせにやたらと痛い。
俺は咄嗟に左手の甲に目を向け、自分のライフが7に減っているのを確認してから言い放った。
「ここで俺は『苦鳴の龍ベルギア』の効果を発動する」
「……っ!?」
ブルリ、と男の体が震えた気がする。
そりゃあ、あんな恐ろしい攻撃を受けたら怖いかもしれない。
だが、これらは全てあくまでも演出みたいなものだ。
あまり真に受けないで欲しい。
「『苦鳴の龍ベルギア』はバトルゾーンに出た時以外でも自分のライフにダメージを受けた時にも効果を発動することができる」
「そ、そんな!」
「喰らえ、『苦痛の咆哮』!」
「うああああああ!」
俺の声に応え、『苦鳴の龍ベルギア』が鳴き叫ぶ。
その叫びを受け、残りのライフが11になった男が、耳を塞いだまま崩れ落ちた。
バトルゾーンにいた『炎の闘士レイガイス』も同じように耳を塞いで、その場からゆっくりと消えていく。
(ちょっと申し訳ないが……
こいつはあの子からデッキを取り上げようとしたんだ。
ならば、その初心者狩りをした分も我慢してもらおう。
俺は心を鬼にすることにした。
「俺は1マナを使い、手札からスペル『痛み分け』をもう一枚発動」
「ま、ま、待って、待ってく」
「ついでに『苦鳴の龍ベルギア』の効果も発動だ」
「うああああああああああ!」
再び『苦鳴の龍ベルギア』の効果が炸裂し、男の残りのライフが7になる。
「俺は2マナを使い、手札からスペル『血統の再生』を発動」
「け、けっとう……?」
「『血統の再生』の効果で自分のライフに2ダメージ与えた後、自分のライフを4回復する」
「あぁ……あぁ……」
「もちろん俺は『苦鳴の龍ベルギア』の効果を発動する」
「――――――――っ!?」
男の頭上に浮かぶライフの数字が4になる。
が、
「ここで俺は手札から『スターヴ・ゴースト』の効果を発動する」
「……っ!?」
毛頭止まるつもりのなかった俺は、容赦なく手札にいた『スターヴ・ゴースト』の効果を発動させる。
「こいつは自分のライフにダメージを受けた時、手札からノーコスト召喚することができる」
「の、ノーコ……?」
「ノーコスト召喚。マナを使わない召喚のことだ」
マナを使っていないにもかかわらず、バトルゾーンに置いたカードが光を放つ。
そこから現れたのは、やせ細ったトカゲ人間のような幽霊だった。
『スターヴ・ゴースト』
コスト3/闇属性/アタック1/ライフ1
【効果】
①自分のライフにダメージを受けた時に発動できる。このユニットを手札からノーコスト召喚する。
②①の効果でノーコスト召喚したこのユニットのアタックとライフはそれぞれ受けたダメージ分+する。
③このユニットがバトルゾーンに出た時に発動する。自分のライフに1ダメージ与える。
「この効果でバトルゾーンに出た『スターヴ・ゴースト』の効果を発動。このユニットのアタックとライフを受けたダメージ分、つまり、2ダメージ分+する」
「…………あっ?」
呆けた声を出す男。
その目の前で、アタックとライフがそれぞれ1から3に増えた『スターヴ・ゴースト』の体が一回り大きさを増す。
『スターヴ・ゴースト』
アタック1/ライフ1→アタック3/ライフ3
「ついでに、『スターヴ・ゴースト』がバトルゾーンに出た時の効果で俺のライフに1ダメージ与えるから『苦鳴の龍ベルギア』の効果をおかわりだ」
「―――――――――――」
もうほとんど戦意を喪失しているように見えるが、とりあえず効果は効果なので『苦鳴の龍ベルギア』の咆哮をかます。
そうして、地面に膝を突き、息も絶え絶えとなった男に、俺は一つだけ問い掛けることにした。
「さて、あんたの残りのライフは1だ。選ばせてやるよ。『苦鳴の龍ベルギア』の攻撃でトドメを刺すか、それとも『苦痛の咆哮』――『苦鳴の龍ベルギア』の効果でトドメを刺すか、だ。あんたはどっちがいい?」
「――――――」
男が体を震わせながらブンブンと首を横に振る。
そうか、そんなに嫌か。
「わかったよ。そこまで嫌がるなら仕方がない。……俺は最後の1マナを使い、手札から『ダークシャドウ』を召喚する」
「っ!」
俺がバトルゾーンにカードを出した瞬間、男の顔がとんでもなく絶望的な色に染まる。
カードから真っ黒な人型の影がぬるりと浮かび上がった。
『ダークシャドウ』
コスト1/闇属性/アタック1/ライフ1
【効果】
①このユニットがバトルゾーンに出た時に発動する。全てのプレイヤーのライフに1ダメージ与える。
「『ダークシャドウ』の効果を発動。こいつがバトルゾーンに出た時……って、おい!?」
バトルゾーンに、という言葉を聞くや否や。
白目を向いた男は、バタリとその場に倒れてしまった。
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