第6話 決着と新しい仲間




 男が倒れたその時だった。

 突如として、男の近くに展開されていたプレートがパリンとガラスの割れるような音を上げて砕け散った。


 それは一枚だけじゃない。

 間髪を入れずに続々と男のフィールドが砕けていった。

 それも、カードやデッキが残っているのにもかかわらず、だ。


「……なるほど。ここらへんもアプリのキンマスと同じか」


 一枚一枚フィールドは崩れていき、その上に乗っていたカードがパラパラと木の葉のように散っていく。

 それを見ながら、アプリでのキンマスにおいて敗北が決まった時の光景を思い返しながら、ふと思った。


(ていうか、止める時はどうすりゃいいんだ?)


 勝ったからかは知らないが、俺のフィールドが消えない。

 消えてくれない。


(とりあえずデッキを……)


 戻すか、と考えてデッキの上に手を乗せたその瞬間、


「うわぃ!? なんだ!?」


 デッキが光を放ったかと思うと、それぞれのゾーンに散らばっていたカードがあっという間に俺のデッキへ戻って来た。

 それから、恐る恐るデッキをフィールドから外してみると、デッキを置いていた場所からゆっくりと俺のフィールドが消え始めた。


「なーるほど。すごいなこりゃ。って、関心してる場合じゃなかった」


 最後のフィールドが目の前から消える。

 倒れた男の元に近寄った俺は、地面に落ちたカードを一枚ずつ拾い集め始めた。


「あーあー、土汚れがこんなに……」


 せっかくの綺麗なカードに土汚れが付いてしまっている。

 拾っては払い。

 拾っては払う。

 そうやって全てのカードを拾い集めた俺は少年の方を向き、グッと手を伸ばしてデッキを見せた。

 それを見た少年は、途端に潤んだ目を輝かせた。


「あのさ、お前が取られたデッキってこれだったりする?」

「はい!」


 少年は俺の元へ駆け寄ってくるなり、デッキを受け取るとそれを抱きしめるように握り締めた。


(よっぽど大事なデッキだったみたいだな)


 それもそうか。

 親が苦労して買ってくれたんだ。

 無理もないだろう。

 そう考えた俺はその場に立ち上がり、ズボンに付いた汚れを払い落した。

 そんな俺の動きに気付いたのか、少年は泣きそうな目で深く頭を下げてきた。


「本当にありがとう!」

「いや、まあ、うん。……どういたしまして」


 やばい。

 こんな風に感謝されたことがないからどうすればいいのかわからない。

 とりあえず適当に何か一言を言っておこう。


「あー……今度はデッキを取られないようにしろよ」


 やばい。

 全然締め方がわからない。

 妙に気恥ずかしくなって頭を掻いた俺はそれ以上何の言葉も思いつかなかった。

 とにかくその場を去ることにしよう。

 幸い、道には出ているから適当に歩けば街やら村の一つは見つかるだろう。


「じゃ、俺は行くから」

「あ、あの!」

「ん?」


 その場を去ろうとした俺の足を少年の声が止めた。

 丁度背を向けたところだったので、思わず振り返ってみると、そこには真剣な面持ちで俺を見つめる少年の姿があった。

 俺は何を言い出すのか、と少しばかり身構えて、


「あの、すいません! どうか僕に『キング オブ マスターズ』を教えてください! お願いします!」

「…………へぁ?」


 呆気に取られてしまった。




 ☆☆☆




 少年からのお願い。

 俺はそれを心苦しく思いながらも断ろうと思っていた。

 ルールを覚える程度ならそこまで難しいものでもなかったから。

 それと、あまり面倒事を抱えたくないという考えもあったからだ。

 しかし、


「どうかお願いします! もう、誰にも僕のデッキを取られたくないんです!」


 と、泣きそうになりながら頼まれてしまった。

 そして結局、俺は強くして欲しい、という少年の頼みを受けることにした。

 俺って割と結構チョロいのかもしれない。

 頼みを引き受けた代わりとして、俺は少年――アルスという名前らしい――に街への案内を頼んでいた。


「別に教えるのはいいんだけどさ、俺、そんなに教えるの上手じゃないぞ?」

「え、でも、クロハル君は僕より色々知ってるよね?」

「それはそう」


 これからお世話になる。

 ということで、あれから軽くお互いの自己紹介をした。


 こいつは中性的な顔立ちをしており、声も本当に聞きやすさのある高めの声。

 俺がこう言うのもむずがゆいが、言ってしまうと、アルスは可愛い系の美少年だ。

 だから少しばかりやっかむ気持ちもあったのが本音だった。

 しかし、こいつはかなり素直な性格をしているので、思ったよりかは全然嫌いにはならなかった。


 それどころか意外にも年齢が近いということがわかり、俺とアルスの間にあった氷の壁は一瞬で溶けた。

 どのくらいかというと、共にタメ口で名前を呼び捨てできるくらいには打ち解けた。

 出会って五秒で即友達。

 我々の友情の勝利である。


「と言ってもなぁ。アルスもちょっとくらいはやり方わかるんだろ?」

「えっと、ユニットを召喚して攻撃すればいいんだよね?」

「待て待て。色々端折はしょり過ぎだぞ、おい」


 僕知ってるよ? とでも言いたげな表情で言ってのけたアルスに、思わず突っ込んだ。

 違う、そうじゃない。

 合ってるけどそうじゃない。

 それは知ってないと言うんだ。

 そんなんだから初心者狩りなんかにやられるんだぞ。

 頭を押さえ、溜め息を吐いた俺は遠い目を地平線の彼方に向けた。


「取り敢えず、街に着いたら細かく教えてやるからしっかりと案内してくれよ。アルス」

「うん、わかった! 任せてよ!」


 と、こんな風に。

 俺とアルスはそれ以外にも他愛もないことで談笑しながら歩き続けた。


 街らしきものが見え始めたのは、それからしばらく後のことだった。



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