第4話 火と闇の接戦




 俺のデッキが光を失い、再び男のデッキが光に包まれる。

 男は左手に二つの光の玉が浮かび上がったのを確かめてから、カードを一枚めくった。


 男

 マナ0→2

 手札4→5


「ちっ、外れか」


 露骨に不機嫌そうな顔で舌打ちを一つ。

 ドローしたカードを手札に加えた男は、ズビシと俺を指差した。


「やれ! 『火の拳マサル』で攻撃だ!」


 男に指示された『火の拳マサル』は腰を屈めると、俺に向かって飛び掛かり、その燃えるような拳を突き出してきた。


 『火の拳マサル』

 アタック1→アタック2


 天見黒春

 ライフ20→18


「うおっ!?」


 小さな衝撃が体に打ち付けられる。

 まるで突風に吹かれたような衝撃だったが、痛みもなかったので普通に踏ん張れた。

 攻撃を終えた『火の拳マサル』は、突き出した手を下ろすと、後ろに飛び退いて元の場所に戻った。


(びっくりしたな。……あれ? そういえば……)


 何かを忘れて――ライフだ。

 『キング オブ マスターズ』はライフ制であり、プレイヤーに与えられるライフは20。

 それが0になった時点で、即座に敗北が決定する。

 なんだけど、


(俺のライフってどこを見れば……あ、あったわ)


 あった。

 左手の甲に18の数字が浮かんでいる。

 2ダメージも受けているのは、『火の拳マサル』の攻撃力――アタックが2に増えていたからだろう。


「ターンエンドだ!」


 『火の拳マサル』

 アタック2→1


 俺のデッキが光った。


「よし、俺のターン、ドロー!」


 天見黒春

 マナ0→2

 手札4→5


 左手に浮かぶ二つの光の玉を横目に、デッキからカードをめくる。


「んー、ん? んんー……」


 少し使いどころに困るカードが来てしまった。

 それを手札に加え、少しばかり逡巡した俺は、他のカードに触れた。


「俺は2マナを使い、手札からユニット『闇少女ダキア』を召喚!」


 マナ2→0

 手札5→4


 バトルゾーンに置いたカードから、薄い闇があふれる。

 そこから白いウサギの人形を抱えたゴスロリ幼女が現れた。


 『闇少女ダキア』

 コスト2/闇属性/アタック1/ライフ1

 【効果】

 ①このユニットがバトルゾーンに出た時、このユニットを破壊して発動できる。相手のライフ、または、相手ユニット1体を選んで2ダメージ与える。


「俺は召喚した『闇少女ダキア』の効果を発動! バトルゾーンに出たこのユニットを破壊して、相手のライフに2ダメージを与える!」


 俺が効果の発動を宣言すると同時に、『闇少女ダキア』が足元に現れた闇の中へズルズルと飲み込まれた。

 最後の最後まで対象である男のことを恨みがましそうな目で見つめている。

 やがて『闇少女ダキア』が消えると、残った闇から黒い玉が一つ。

 男に向かって飛んだ。


「な、なに!? うおわあ!」


 男

 ライフ20→18


 黒い玉に襲われた男が大きく後ろに仰け反る。

 男の頭上にあるライフが20から18に減った。


「くそっ、よくもやりやがったな!」

「これがウチら――『闇属性』のやり方なんでな。ターンエンドだ」


 俺は、キンマスのバトルをしている。

 そのことを実感して思わず笑いそうになる。

 そんな俺の姿が気に食わなかったのか、男は苛立たし気にデッキの上を掴んだ。


「くそっ、俺のターン、ドロー!」


 男

 マナ2→3

 手札5→6


 男が荒々しく宣言する。

 だが、


「っ! ……へっ、良いのが来やがった!」


 めくったカードを確認し、二ッと笑った男はそのカードを直接バトルゾーンに出した。


「行くぜ! 俺は3マナを使ってユニット『火炎少女エリナ』を召喚だぁ!」


 マナ3→0

 手札6→5


「おっと?」


 佇んでいる『火の拳マサル』の横にボンボンのような火を手にまとったツインテールの赤い少女がミニスカートを揺らしながら現れた。


 『火炎少女エリナ』

 コスト3/火属性/アタック2/ライフ2

 【効果】

 ①このユニットがバトルゾーンにいるかぎり、自分のバトルゾーンにいる他の火属性ユニットのアタックを+2する。

 ②このユニットがバトルする時に発動できる。代わりに自分ユニット1体とバトルさせる。


 『火の拳マサル』

 アタック1→3


(うっわ! これまためんどくさいのが出て来たな、おい!)


 懐かしい。

 確かあのカードは俺が始めて間もない頃、多くのプレイヤーを騒がせたカードの一つだった。

 ゲームの序盤から攻撃力を底上げし、邪魔だからと攻撃すれば何故か他のユニットとバトルしてる始末。

 放っておけば相手の攻撃が止められなくなるし、邪魔だからどかそうと思うと自分のテンポが遅くなる。

 そういった事からそこそこのプレイヤーからヘイトを買っていた。

 最も、俺のような闇属性を使うプレイヤーからしたらそこまでではなかったが。


「行け! 『火の拳マサル』で攻撃だ!」


 『火の拳マサル』

 アタック3→4


「くっ」


 天見黒春

 ライフ18→14


 さっきと同じ攻撃が俺に突き刺さる。

 だが、『火炎少女エリナ』のせいでアタックが増えているためか、少しだけ衝撃が重くなったように感じた。


(俺のライフは残り14か)

「降参するなら今のうちだぜ? ターンエンドだ!」


 『火の拳マサル』

 アタック4→3


降参リタイアなんてしねえよ」


 俺のターンが回って来た。

 放っておいても面倒なので、どうにかあのチアガールもどきを消したいところだ。


「俺のターン、ドロー!」


 天見黒春

 マナ0→3

 手札4→5


「……おっ?」


 来た。

 左手に浮かぶマナを二つだけ動かした俺は、手札から今引いてきたカードをスペルゾーンに出した。


「よし、俺は2マナを使い、スペル『苦痛の一撃』を発動!」


 マナ3→1

 手札5→4


「あ? 『苦痛の一撃』だぁ?」

「そうだ。俺は自分のライフに2ダメージを与えた後、相手のライフか相手ユニット1体に3ダメージを与えることができる。俺は『火炎少女エリナ』のライフに3ダメージを与える!」

「なにぃ!?」


 俺の発動したスペルカードがマナの力を受けて光った。

 そこから飛び出した黒く、細長い鉤爪は俺の頬を小さく掠める。


 天見黒春

 ライフ14→12


 『火炎少女エリナ』

 ライフ2→0


(これで俺のライフは残り12)


 頬に生暖かい何かの流れる感触がする。

 自分のライフを確認し、それから右手で少しだけ引っ掛かれた頬を撫でた。


「うわ、血……じゃないのか」


 色は赤黒く、パッと見て血だと思ったが、全然違った。

 感触は間違いなく血だけど、実際の肌を触ってみたら傷っぽい感じはどこにもなかった。

 と、そんなことをしている内に、カードから飛び出した黒く、細長い鉤爪はチアガールもどきに襲い掛かっていた。


「ちくしょう! 俺の『火炎少女エリナ』が!」

「これで邪魔者はさようなら、っと。ターンエンドだ」


 せっかく出した優秀なカードが一ターンでおさらばしたのだ。

 男からすればさぞや悔しかろう。


「こんの! 俺のターン、ドロー!」


 男

 マナ0→4

 手札5→6


 めくったカードを見て、男が顔をしかめる。


「ちっ、俺は4マナを使い、『瞬撃のバルサ』を召喚だ!」


 男の手元からマナが消え、バトルゾーンに黒いマスクを付けた赤いフード付きのコートに身を包んだ青年が現れた。


 マナ4→0

 手札6→5


 『瞬撃のバルサ』

 コスト4/火属性/アタック2/ライフ2

 【効果】

 『速攻』


「行くぜ! 『瞬撃のバルサ』で攻撃だ!」


 それは一瞬だった。

 右手から炎を出し、その体が僅かにブレる。

 そのすぐ後に俺の顔に衝撃が走ったかと思うと、『瞬撃のバルサ』はすでに元の場所へと戻っていた。


 『瞬撃のバルサ』

 アタック2


 天見黒春

 ライフ12→10


(『瞬撃のバルサ』っつうことは『速攻』持ちか)


 『速攻』というのはユニットの持つ固有能力の一つだ。

 普通、召喚されたユニットはすぐに攻撃することができない。

 しかし、『速攻』の能力を持ったユニットは召喚されてもすぐに攻撃することができる。

 攻撃の得意な火属性らしい効果と言えるだろう。


(ていうか恐ろしく早い攻撃……普通に見逃したな)


 多分、俺じゃなくても普通に見逃すと思う。


「ついでに『火の拳マサル』で攻撃だ!」

「くっ」


 『火の拳マサル』

 アタック1→アタック2


 天見黒春

 ライフ10→8


 二連撃を受け、俺のライフが12から一気に8へと落ち込んだ。


「これでお前の残りのライフは8だ! だが、俺のライフはまだ18! もう諦めるんだな! ターンエンドだ!」


 『火の拳マサル』

 アタック2→1


「そうか……俺のライフは残り8か」


 不意に、俺の心がドクンと跳ねた。

 それと同時に、俺の中に抑えたはずのごちゃ混ぜの感情が湧いてきた。

 これからどんな展開になるのかという期待。

 これほどの逆境を跳ね返したいという興奮。

 相手が何をしてくるのかわからないという恐怖。

 そして、負けてしまったらどうしようという不安。


(……あれ?)


 少しだけ、横目に俺を見つめる少年の姿が見えた。

 手を握り締めて、不安そうな目で俺のことを見ている。


(待て……)


 まだ俺は、この感情に戸惑っている。

 しかし、俺は小さな違和感に気付いた。

 さっきは知らない感情だ、と思った。

 けど、それは全くの勘違いだった。

 俺は、この気持ちを――知っている。


(確か、こんな風に、こんな気持ちになったのは……)


 デッキが、俺のターンであることを知らせるように光る。

 再び震え出した指先をその上に乗せてゆっくりと、本のページをめくるようにカードをめくる。

 そこで俺は、ようやくその違和感の正体に思い至った。


(……そうだ! 俺がキングオブマスターズで初めてオンライン対戦をした時だ!)


 そのカードを手札に加え、他のカードに指を掛けた俺はもう一度だけ、グッと男を睨みつけた。


「いい加減見せてやるよ。このデッキの真髄を!」


 今、全ての準備が整った。

 三つのマナが消え、指先のカードが強く光る。


「3マナを使い、手札からユニットを召喚する!」


 天見黒春

 マナ4→1

 手札5→4


 ユニットが1体もいないバトルゾーン。

 その真ん中にカードを叩き付けた俺は、『ソイツ』の名を叫んだ。




「今ここに苦痛の叫びを響かせろ! 来い! 『苦鳴の龍ベルギア』!」






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