第3話 初めてじゃない初陣
「カード、スタンバイ!」
男がそう宣言するや否や、瞬く間に変化が訪れた。
薄い水色をした縦長の四角いプレート。
突如として、何の前触れもなく現れたそれが、素早い動きで男の目の前に広がっていったのだ。
目の前に十枚。
右手側に二枚。
左手側に二枚。
そうして、計十四枚のプレートが造り上げたもの。
それはカードを展開し、バトルするための場所――『キング オブ マスターズ』のフィールドだった。
(すっげえ……)
出来上がったフィールドに、思わず感嘆してしまう。
そんなことを知るよしもない男は慣れた手付きで一番右手に近いプレートへデッキを乗せた。
するとその瞬間、独りでにデッキが光り、シャカシャカと音を立ててシャッフルされた。
かと思うと、そこから五枚のカードが飛んでいき、ピタリと男の目の前に止まった。
(これはまた……いや、余計なことを考えるな俺!)
男の頭上に『20』という数字が浮かび上がる。
あれは『ライフ』だな。
と、そこまで見て、ようやく我に返った俺は頭を振って思考を整えると、少し癪だったが男の言葉を真似ることにした。
「とりあえずはバトルだ。……カード、スタンバイ!」
デッキを突き出したまま、声を上げる。
すると今度は、俺の目の前にフィールドが展開された。
(手前の五枚はスペルゾーン。で、奥の五枚はバトルゾーンか。となると右手のところがデッキだから、その奥が
スパパパ、と鮮やかに並べられるプレートを見つめながら、それぞれのフィールドを確かめる。
そして、フィールドが綺麗に展開された終わったのを確認した俺は、すぐ右手側にあるプレートへそっとデッキを乗っけた。
「うおっ!」
乗せた途端にデッキが光り、シャッフルが行われる。
それからデッキから飛んで来た五枚のカードが目の前で広がったまま停止した。
まるでアニメみたいな光景だ、と感傷に浸り掛けたその時だった。
「バトル、スタート!」
「へっ?」
ちょっと、待て。
「ちょっと待った。
「はっ? 何だそれ」
「えっ? 知らないの?」
『キング オブ マスターズ』はバトルを始める前に一度だけ手札を好きな枚数交換することができる。
これは『マリガン』と呼ばれるもので、これが終わってからようやく本格的なバトルが始まるのだ。
キンマスの常識だ。
アプリでやった時はしっかりとチュートリアルも準備されているから知らないプレイヤーはいないはず。
疑問に思った俺は、少年の方を見た。
だが、
「あ、あの、デッキは買ってもらったばかりだから僕はあんまりやり方知らなくて……」
「……マジで?」
「う、うん」
おいおい。
よりによって初心者狩りしたのか、この男は。
というかキンマスのルールも分かってないのか、この男は。
「とりあえず、パパッと済ませるから待っててくれ」
「お、おう……」
頭痛が痛い。
つい呆れてしまった俺は一際大きな溜め息を吐いてから自分のカー ドに触れた。
(今いらないのはこいつらだな)
このリアルすぎる方式でのやり方は俺もよく知らない。
が、スマホでやった時のように、やってみれば大丈夫だろう。
そう思った俺は、三枚のカードを上に向かってスライドしてからもう一度横に向かってスライドしてみた。
「おぉ、なるほど」
結果は、成功だった。
手札から三枚のカードが抜け、デッキから新しく三枚のカードが飛んでくる。
それを見た男が俺の真似をし始めた。
自身の手札に触れ、ピッと上に向かって弾く。
ところが、
「なっ、できねぇぞ!?」
「いや、知らねぇよ」
男は何度も何度も弾くが、カードはピクリとも動かない。
理由がわからず男が俺に怒鳴ってきたが、俺だってわからない。
すまないがここは――
「あっ、そうか。そういうことか」
と、思った俺は
「開始の宣言したからできないんじゃないか?」
「な、何だと!?」
俺の言葉に、男が明らかに狼狽する。
ルールを知らないが故のプレイングミス。
今回はこの子のために勝たなきゃいけないので相手のプレイングミスを歓迎することにする。
心の中でそっと手を合わせた俺は、男から自分の手札へと目を戻した。
(よし、中々いい手札になったな)
手札となるカードを一枚一枚見てながら内心でほくそ笑む。
理想、とはいかないが中々に悪くない手札だ。
「待たせて悪かった。いくぞ」
指先の震える右手を握り締め、しっかりと男を見据える。
さっき男の言っていた言葉を思い出してから、俺は、大きく息を吸った。
「バトル、スタート!」
☆☆☆
開始の宣言と同時に、俺の左手へ小さな光の玉が一つ浮かび上がった。
それがカードを使うのに必要なコスト――『マナ』であることに俺はすぐに気付いた。
天見黒春
マナ0→1
男
マナ0→1
(先行も後攻も1マナを持ってスタート。で、『スタートフェイズ』ね)
『キング オブ マスターズ』のルールを一つ一つ思い出しながら、デッキの上に手を掛ける。
(その次に『ドローフェイズ』。先行のプレイヤーは最初にドローできない。さて、先行は……)
どっちだ、聞こうとする前に、男のデッキが薄っすらと光を放った。
それを見た男は嬉しそうに目の前のカードへ手を伸ばした。
「へへっ、俺から行くぜ」
「なるほど」
(自分のターンになったらデッキが光るのか)
実にわかりやすい。
そんな俺の考えを余所に、男が手札のカードを一枚掴む。
そして、それを奥側にある五枚のプレート――バトルゾーンの真ん中へ叩きつけた。
「俺は1マナを使い、手札から『火の拳マサル』を召喚だ!」
男がそう言うや否や、男の左手に浮かんでいた光の玉が消える。
それと同時に、小さく光ったカードから両手に火を宿した赤髪の少年が飛び出した。
男
マナ1→0
手札5→4
『火の拳マサル』
コスト1/火属性/アタック1/ライフ1
【効果】
①このユニットが攻撃する時に発動する。そのターンのエンド時までこのユニットのアタックを+1する。
「すっげぇ……」
ユニットが飛び出してきた。
リアルだ。
俺はもう日本じゃない世界に来てしまったんだ、ということもようやく理解できたような気がする。
けども、今はもうそんなことはどうでもいい。
俺はアニメのような光景に驚きと感動を覚えて、体が震えそうになった。
「召喚したばかりのユニットは攻撃できねぇ。ターンエンドだ」
「……俺のターン、だな」
相手の終了宣言と同時に俺のデッキが薄い光を放つ。
ルールもよくわかっていないヤツに負けるつもりはない。
だが、もし、俺が負けたら、そうなったら――
(何だ、この感じ)
期待と興奮、そして、小さな恐怖と不安。
色々な感情が混ざり合い、足が
(とにかく、やるしかない)
自分の訳も分からないような感情に押しつぶされそうになる。
しかし、こんないざこざに首を突っ込んだのは他でもない、俺自身だ。
(まずは『スタートフェイズ』。本当なら1マナ増えるけど一番最初のターンは増えない)
天見黒春
マナ1→1
やるしかない。
俺は戸惑う自分自身へ言い聞かせるように薄く光るデッキに指先を乗せた。
(そして、次に『ドローフェイズ』)
「俺のターン、ドロー!」
この不思議な感情を押し退けるように、デッキの上から一枚のカードをめくる。
手札5→6
(で、その次に『メインフェイズ』)
ドローしたカードを目の前に持ってくる。
黒色に縁取られたカードが六枚。
それら全てが俺の目の前に浮かんでいる。
(これは……一択だな)
その中から一枚のカードを選んだ俺は、それを手前にある五枚のプレート――スペルゾーンの真ん中に置いた。
「俺は1マナを使い、手札からスペル『不等価交換』を発動!」
俺の左手からマナが消え、スペルゾーンに置いたカードが光る。
マナ1→0
手札6→5
「『不等価交換』の効果で俺はデッキからカードを1枚ドローする。その後、手札を2枚捨てる」
「はぁ?」
「えっ!?」
明らかに釣り合っていない効果に男と少年の口から驚きの声が漏れた。
気持ちはわかる。
けど、これが俺とこのデッキにとっての最善手だ。
デッキから一枚のカードが飛んできて手札に加わる。
それから手札のカードを二枚選んだ俺は、それを横にスライドさせた。
手札5→6→4
(で、その次が『アタックフェイズ』だけど俺にはユニットがいないからパス、っと)
二枚のカードがまっすぐにバトルゾーンの右隣にあるプレート――
手札を見、ドロップゾーンを見る。
それぞれのカードを確認した俺は少しだけ口角を上げた。
(そして、最後に『エンドフェイズ』)
「絶対に勝つ……ターン、エンドだ」
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