第2話 『キング オブ マスターズ』




「何でこれが……?」


 どうしてデジタルからアナログになっているのか。

 どうしてこのド田舎みたいな場所にこれがあるのか。

 思い浮かんだ疑問はいくつもあった。

 だが、それらを頭の中からすっ飛ばした俺は、速攻でケースからカードの束で抜き取った。


「もしかしてこれは……」


 パラパラと一枚づつ横にスライドさせながら、名前と絵柄を見ていく。

 これもこれも。

 これもこれもこれもこれも。

 知っているカードだ。

 その中で、俺の手はある一枚のカードを前にして動きを止めた。


「……やっぱりそうだ」


 黒い縁に囲まれたカード。

 そのカードに描かれたのは一匹の黒龍。

 口を大きく開けたその姿は、何かに苦しんでいるようにも、怒りに狂っているようにも見える。

 左上に書かれた『6』の数字と、右下と左下にそれぞれ書かれた『4』の数字。

 あまりにも。

 あまりにも見覚えのあるそれらを見て、俺は、思わず呟いた。


「『苦鳴の龍ベルギア』……だ」


 懐かしい、と同時に、少しだけ嬉しい気持ちが胸の中にせり上がった。

 この『苦鳴の龍ベルギア』というカードは、俺が始めて『キング オブ マスターズ』を遊んだ時に手に入れたカードだった。

 始めたばかりに選べる三つのスターターデッキ。

 その内の一つとして表紙を飾っていたのが、この『苦鳴の龍ベルギア』だったのだ。

 おまけにレアリティは四つの内で一番高い『ウルトラレア』。

 そんなカードを手にして、俺は嬉しくないはずがなかった。


(……少し落ち着いた)


 右も左もわからないことばかりだが、見知ったものが近くにある。

 それだけでも、心に余裕ができるのは意外だった。


「とりあえずここを出なきゃだよなぁ」


 いつまでもこんな森の中にいるわけにはいかない。

 意を決した俺はカードを仕舞い、何故かくっ付いていたホルダーで腰にケースを固定してからぶらり旅を始めることにした。




 ☆☆☆




 あれからどれくらい時間がたったのかわからない。

 けれども、相変わらず広がる自然を前に、俺は辟易へきえきとしていた。


「全っ然出られねぇ……」


 カードも遊べない。

 飲み水もない。

 何なら食べ物もない。

 この調子で行くと電気もガスもなく、バスは一日に一度しか来なくなりそうだ。

 と、くだらない考えに染まりかけたその時だった。




「ねぇ、返してよぉ!」

「……あん?」




 どこからか声が聞こえて来た。

 声の高さから推察すると多分、少年だろう。

 声を大きさは対したものじゃなかったが、確かに聞こえたということは案外近くにいるのかもしれない。

 俺は、その声を頼りにガサガサと茂みを掻き分けた。

 そして――見つけた。


「おぉ、道ができてる……ん?」


 整っているわけではないが、木の根も少ない平坦な地面がまっすぐに伸びている。

 そのことに感動しようとした俺は、ド真ん中で言い争う二人の姿に目を奪われた。


「嫌だね、こいつぁもう俺のモンだ! どっか行きやがれ!」

「うわぁ!」


 威勢のいい大きな声を上げた男が縋りついていた少年を蹴飛ばした。

 どうやら俺が聞いた声はこの少年の声だったようだ。

 痛みに顔を歪め、それでも必死に体を起こした赤い髪の少年は、その端整……端整な顔を涙で濡らしていた。


「お願いだから返してよ! それは、そのデッキは、お父さんがくれたデッキなんだ! いっぱい仕事して、いっぱいお金を溜めて、ご飯も我慢して、それで……それで、僕のために買ってくれたデッキなんだ! だから返してよぉ!」


 どうやら、力の差があることは理解しているらしい。

 男に縋りつこうとはせず、少年はただ手を握り締め、歯を食いしばり、体を震わせて涙ながらに叫ぶ。

 しかし、男はそんな少年の言葉をフン、と鼻で笑った。


「知るかよ。こいつはしっかりとしたバトルで手に入れたんだ。負けたお前が悪い!」

「うぅ……」

(……)


 正直。

 無視してしまおうか、と考えていた。

 道さえあればどこかの街やら村には出られるはずだから。

 だが、少年の姿を見た瞬間、俺の脳裏にあの時の姿が過った。




 予選敗退を突き付けられ、悔しささえも感じることができず、ただ失意に暮れていた――そんな自分の姿を。




「おい」

「あん? 誰だおめえ」

「っ!?」


 気付けば、俺はすでに動いていた。

 目の前の茂みを踏みつけ、二人の前に一歩を出す。

 少しばかり足が震えたが、どうにか堪えて精一杯男を睨みつける。

 対する男も、俺に睨みを返した。


「何か用かよ?」

「その子のデッキを返してやれよ。泣いてるじゃないか」

「嫌に決まってんだろ。『負けたらデッキを渡す』……そう言ったのはあっちのガキだぜ?」

「そ、そんなこと言ってない!」


 少年が俺を見ながら身振り手振りで必死に否定する。

 この感じだと男が勝負を吹っ掛け、それに乗った少年が見事に敗北。

 そして、負けたからデッキを強奪、という流れらしい。


(……許せねぇな)


 別に、正義のヒーローを気取りたいわけじゃない。

 ただ、目の前で泣いてる少年が、敗北に打ちひしがれた、かつての自分みたいだった。

 その姿が――とても可哀そうだった。

 だから、男の腰をチラリと見て、俺は確信した。

 本当なら俺にこんな勇気がないのは確かだ。

 けれども、この子の姿を見て、俺のあの時の姿が重なってしまった。

 助けてあげられるなら、助けてあげたい。

 そのための方法が今、理解できた。

 この子を助けるための最善の力が、今の俺にはある!





「おい、バトルしろよ」




 腰のホルダーからカードの束――デッキを取り出した俺は、それを男の目前に突き付けた。

 それを見た男は、ニヤリと口元を嫌に歪ませる。


「ほぉ、お前もマスターだったのか」

「カードは拾った」

「そうかよ。へっ、いいぜ。相手してやるよ」


 男も腰からデッキを一つ取り出す。

 そして、それを突き出した男は高らかに宣言した。


「カード、スタンバイ!」





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