『キング オブ マスターズ』

大和大和

~スタートカラーズ・セットアップ~

第1話 天見黒春の始まり





 多くの人々で賑わう小さな会場の片隅。

 そこで俺こと天見あまみ黒春くろはるはパイプ椅子に座っていた。


「はぁ……」


 垂れた手に持った一機のスマホ。

 その画面には一つのゲームアプリが起動されていた。




 その名は、『キング オブ マスターズ』。




 通称、キンマスと呼ばれるこのゲームアプリは、世界で始めて配信された本格的なデジタルカードゲームにして、今や世界中の人たちを熱狂の渦に引きずり込んだゲームだ。

 俺もその引きずり込まれた人間の一人。

 今日は近くで行われた大会のためにこの会場へと足を運んだ。

 が、


「予選敗退か……」


 この通り、結果は予選敗退。

 悔しい、という気持ちすら浮かばなかった。


(色々と構築を考えたりしたんだけどなぁ)


 昨夜、寝付けなくてスマホを片手にあれこれとやっていた姿を思い出して苦笑する。

 それでも結果は結果だ。

 俺の実力は予選敗退する程度だったということだろう。


「……そろそろ帰るか」


 このまま会場の片隅を占拠していても仕方がない。

 そう考えた俺は重くなった腰を上げて、流れていく人たちと共に会場の出口へと向かった。




 ☆☆☆




 どれくらい揺られていただろうか。

 プシュー、と気の抜ける音と共に目の前のドアが開く。

 電車を降り、階段を登り降りして駅を抜ける。

 表に出て、街中の大して美味しくもない空気を吸った俺は重い足取りのまま自分の家に向かって歩き出した。


「あの時あれを出してれば……いや、でもあれを出してなければそのままリーサル決まってたよな。だとしたら……はぁ」


 今回俺が参加した大会の名前は『ノーマル・キングス・トーナメント』。


 この『ノーマル・キングス・トーナメント』は数ある『キング オブ マスターズ』の大会の中でも特別な大会の一つに指定されている大規模な大会だ。

 参加者は俺のような日本人は当然として、オンラインを通じた海外からの参加者もたくさんいた。


 そんな『ノーマル・キングス・トーナメント』のルールは、簡単に言ってしまえばBO3。

 詳しく言うなら、二つから三つのデッキを使って先に二勝を上げたプレイヤーの勝ちで、負けた方は同じデッキを使うことができないというルールだ。


 デッキ毎の相性やどんなデッキ相手でも柔軟に対処するプレイスキル。

 更には、現在のデッキ使用率やデッキの傾向などを考慮した上でのデッキ作り。

 そして、運。


 そういった普通に遊ぶよりも一段階難しい要素がある故に参加する奴らはどいつもこいつも強い奴ばかり。

 けど、俺はこの『キング オブ マスターズ』を配信された当時から遊んでいる。

 所謂いわゆる、古参プレイヤーというヤツだ。

 なのでそれなりプレイスキルには自信がある――と大会が始まる前までは思っていた。


 実際には予選敗退程度の実力しかなかったわけだが。


「……後で決勝の試合を見とくか」


 恐らく、というか、どうせ環境デッキ同士がぶつかっていることだろう。


 環境デッキというのは、言わばランキングの上位にある強いデッキのことだ。

 その強さはどのくらいなのかというと、そのデッキを使って負けるとかどんな雑魚なんだ、と馬鹿にされることが当たり前なレベルには強い。

 中にはざまーみろ、とか言う奴もいる。

 何なら俺もスマホを投げて「ざまぁ見やがれこのクソ野郎」と言ったことがある。


 しかし、大会ともなれば話は別だ。

 その場所に立っている人間は並居る凄腕プレイヤーを全て倒したエリートの中のエリートみたいな化け物プレイヤー。

 その並居る凄腕プレイヤーの中に環境デッキを使うプレイヤーは一人や二人なんてものじゃない。

 全体のおよそ七割から八割のプレイヤーは絶対に環境デッキを使っているのだ。


 ならば。

 少しでもそいつらを蹴散らした化け物たちの試合を見て、少しでもそいつらのプレイングスキルをモノにしたい。

 そんなつまらない意地っ張りのおかげで今、俺は絶望せずに済んでいる。

 そうじゃなかったら今頃は会場の片隅でパイプ椅子に座りっぱなしだったろう。


「あともう少しで……」


 家だ。

 と、思ったその時だった。




「…………えっ?」




 突如として俺の目に強い光が飛び込んできた。

 俺は普通に歩道を歩いていたはずだ。

 けども、カッと純白に染まった視界は、昔太陽を直視した時と同じような感覚を俺の目に突き立てている。




 ――車がこちらに突っ込んできた!?




 そのことを理解した頃には。


 俺は。


 俺の体は。


 白い光に埋め尽くされたまま、重く、鈍い衝撃を受け入れていた。




 ☆☆☆




「……うっ、くっ」


 体が、痛い。

 意識が醒めたおかげか、硬い感触が腕から伝わってくる。


(生きてんのか? ……俺)


 痛みは残ったままだが、俺の体を撫でる風は優しい。

 その鈍い痛みを堪えながらゆっくりと。

 両手を突いて起き上がった俺はその場で静かに瞳を開けた。


「…………どこだここ」


 緑豊かな自然。

 枯れ葉の絨毯が敷かれた地面。

 おまけに天井は雲一つない青空で、空気は澄み渡っていて普通に美味しい。


「いや、マジでどこだここ!?」


 ここが俺のいた世界ではない、というのは流石に理解できた。

 問題は、ここがどこかということだ。

 まさか、車に跳ねられて都心からどっかの地方の村落に吹っ飛ばされたわけでもないだろう。

 そうやって混乱している俺の頬を相変わらず涼しい風が撫でていく。


 少しだけ。

 落ち着きを取り戻した俺は、一度深呼吸をしてから自分の持ち物を確認した。


「財布、スマホ、ハンカチにティッシュ。特に変わりはないか。…………ん?」


 スマホに電源を入れても通信は案の定、圏外。

 明らかに電気は通ってなさそうだし、そりゃそうだ。

 と思った俺は、足元に何かが落ちているのに気付いた。

 落ちていたのは黒色の少し大きめな片手サイズのケース。

 それを拾い上げ、パカリとフタを開けた俺は、思わず訝しんだ。


「カード、か」


 中に入っていたのはカードの束。

 数えてみると、カードの枚数は全部で四十枚あった。

 だが、何故かこのカードを知っている気がする。

 そのことを不思議に思った俺はケースの中から一枚抜き出した。

 そして――絶句した。




「こ、これはっ……!」




 知っている気がしたのは当たり前だった。

 俺が、このカードを、知らないはずがない。

 だって、これは、




「キン……グ……オブ……マスター……ズ?」




 意味の分からないこの世界に来る前に。

 俺が。

 天見黒春が。

 時間と青春を費やして遊んでいたゲーム――『キング オブ マスターズ』のカードだったのだから。






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