第9話 領主の正体

 なんで、と口を開けて固まったアルバに、領主は眉を下げたまま近づいた。


「驚かせてごめんね。それから、手紙、ありがとう……アルバに嫌な思いをさせたかったわけじゃないんだけど。ナトリに取られるかと思って」


 初めて聞く心地よい低い声が、リオへ宛てた手紙の返事を寄越す。

 聞いたことのない声で紡ぐのはリオの言葉。


「え、っと、領主様……?」


 混乱を手をばたつかせて示すアルバに、領主は見たこともない顔を見せてくる。

 頬を掻きながら視線を寄越す姿には、ひゅ、と喉が鳴った。

 彼はトリを肩から下ろし、アルバに手渡す。


「カールだよね?」


 手紙を出してみればと唆したのは、と聞こえたが、何も反応できなかった。

 無言と無表情をなくした領主は、一層輝きを増す。


「大人の姿は慣れてなくて、なかなか話せなくてアルバを不安にさせた。ごめんね。大人はどう取りなすのが正解なのか悩んでて」


 え? 領主様がしゃべってる。初めて聞いた。

 え、顔面も動いてる。初めて見たんだけど。

 ていうか大人の姿って何なのかしら。


 急に態度が変わった領主に戸惑い、アルバは動けなかった。

 そんな彼女を助けてくれたのは、そこへやってきた執事である。彼は今日も面白がるように笑っていた。


「まったく、文句を言われる筋合いはありませんよ。大人の姿では、アルバさんに素敵だという一言どころか、会話もできない貴方様には。感謝してもらいたいほどですね」


 こほん、とわざとらしい咳払いののちカールは「私からお話ししましょう」といまだ混乱の解けないアルバを椅子へと促した。

 向かいの椅子には領主が座り、間に立つカールが物々しい態度で話し始める。


「これは秘密のお話なんですが、領主様は、実は、呪われております」

「!?」


 驚いて思わず領主を見る。彼は平然と頷いていた。


「驚くのも仕方ありません。領主様は気難しいと噂されておりますでしょう? あれはできるだけ人との関わりをなくすために私どもが流した噂なんです。人目に付かないよう細心の注意を払っておりますのでこのことを知るのは屋敷の者だけ」

「……は、あ」


 見慣れない領主をできるだけ視界に入れないように気を付けながら話を聞く。

 感情が見える領主は、目にも心臓にも悪かった。


 カールは人差し指を立て、内緒話をするように、顔を近づける。


「──領主様は、九歳になったときから成長が止まっているのです」


 続いた言葉に、アルバはぎょっと領主を見ることになった。

 一度だけ頷いて、カールの説明は続く。


「ありとあらゆる治療師のもとへ行きましたし、聖職者のもとへも足を運びました。しかし、これといって成果はなく、わかったのは呪いの一種であるだろうことだけで。……ただ一人、ある占い師が『この呪いは愛する者──真実の愛によって解かれるだろう』とだけ告げたのです。それからは十五年間ずっと子供のフリをして、いえ見た目は子供そのものなのですが、呪いが解けるのを待ち過ごしておられます……そしてどんどん子供らしさに磨きがかかって」


 こんな具合に、と泣き真似をするカールを領主は鼻で笑う。


「だんだん面白くなってきたんだよね。子供だとみんな油断して甘くなるし。呪いがいつ解けるのかも、そもそも解けるのかどうかさえわからなかったから」


 目の前で繰り広げられるやりとりを聞くアルバは傍目にもぼさっとしていたことだろう。

 ええと、つまりだ。


「えっと、領主様はリオ様、なの、でしょうか?」


 混乱した頭を整理して、訊ねたアルバに。

 くすりと目を細めて笑う、その破壊力。


「リオって呼んで、って言ってるのに」

「〜〜〜〜だって! ……ほんとにリオ?」

「そうだよ、僕がリオ」


 いやいや確かにそっくり激似ではあるけれど。

 少年のリオがやってかわいいなあと思った仕草が、大人のリオがやると色気が増すというか。なんというか。

 別人である。


「じゃ! じゃあ、最初から言えばよかったじゃない」

「言ったら、恋人にしてくれた?」


 こてん、と少年のように首を傾げるさまは、さすが長い間、少年として生きていただけのことはある、計算しつくされたもの。

 見事にアルバの胸を撃ち抜いた。


「ぐう! しませんでしたけど」

「だよね。結婚する気がないって言ってたし。貴族の男なんて嫌かと思ってさ。言わないほうが、仲良くなれるかなって」


 見事にリオの手の中で踊っていた。

 生まれる怒りは、しかしリオの顔で鎮静化されてしまう。アルバは初めて自身の面食いを呪った。


「だけどナトリがアルバに結婚の話をしてたのを聞いたから慌てちゃったんだよ。アルバを取られたくなくてとはいえ、強硬な手段を取ったのもわかってる。けどもう考えられないんだ、アルバ以外の人との結婚なんて」


 ナトリからの結婚話に一度首を傾げたが、結婚していることにしてはどうか、という提案のことだと思い至った。

 聞かれていたことにも驚いたが、その後の行動力にも驚かされる。

 いつの間にやらアルバは、リオと同じ屋敷の、家族が生活するプライベートエリアで生活を共にしているのである。

 強硬手段以外の何物でもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る