第8話 リオと領主の関係

 次の日、げっそりと疲れ切ったアルバに、リオは声をかけてきた。


「アルバだいじょうぶ?」

「ええ。大丈夫よ。リオ。リオこそ忙しいんでしょ? 平気なの」


 そう言いながら、溜息を吐く。

 貴族の生活が思っていたより辛かったのだ。

 正確には、なんだかんだ領主と同じ空間に押し込められることが多く、精神的に耐えられなかった。


 ご飯も美味しい。本も面白い。デザートも飲み物も、壁に飾られた絵画ですら楽しいのに、だ。

 そこにはなぜか喋らない領主が付いてくる。


「領主様って、リオのお父様なのかしら?」

「ええ? なんで!?」

「じゃあ、お兄様?」

「違うよ!」


 思いつきの疑問に慌ててリオが返すものだから、面白くなってしまった。


「だってリオが大きくなったみたいでびっくりしたから。……リオは領主様のこと苦手なの?」


 リオはこの屋敷に住む人間である。領主との縁はアルバより深い。

 即座に否定したリオに安心して、つい余計なことを口走った。

 けれど気にならなかったようだ。リオは顎に手をやって答えてくれる。


「苦手というか、慣れない、かな」

「……そう。一緒──」


 言いかけて口を噤んだ。リオが悲しそうに眉を下げたから。

 子供にこんな顔をさせるなんて、馬鹿じゃないの。

 アルバは慌てて手を振った。


「って、大丈夫大丈夫! まだ始まったばかりだから、これから頑張るわ! 一緒に頑張ろうか」

「ありがとう、アルバ、ありがとう、大好き」


 そう言ってぎゅっと抱きしめられた体温に、アルバの疲れた心は癒される。


 むしろ回復しすぎて鼻血がでそう。

 慌てて、リオの身体をがばっと離して、アルバは曖昧に笑って誤魔化した。


「ありがとね。とっても癒された。まだ領主様とご一緒するの、緊張するけど、頑張るわね」

「うん。僕もがんばるね。アルバがこの屋敷にきてくれてうれしい」

「そう言ってもらえると私も嬉しいわ。不慣れなことが多いと思うから、またいろいろ教えてね」



◇◇◇



 アルバは大半の時間を領主とともに過ごしていた。変わらず無言の日々を送っている。

 ときどき顔を出してくれるカールに恨み言を吐きつつなんとか過ごしているものの、喋らない領主は本当に息が詰まるのだ。

 それは何も言わず見られていることが多く、目が合えばすっと視線を外されるから。

 話しかけようと口を開けば、さっと背を向けられる。


 私と話したくないなら、私のいないところに行けばいいのに! この屋敷の主なんだから好きなようにできるじゃないの。


 アルバの怒りはもっともだったが、文句を言う相手は領主本人ではなく、カールである。彼は面白がっているようで、いつも笑うだけで何もしてくれない。

 無視すればいいのかもしれないが、雇い主だと思うとそれもできなかった。

 ただただ気を揉む時間であり、ストレスは日に日に溜まる一方だ。

 町で働いていた頃と比べて仕事量が少ないのもいけなかった。急患がくるわけでもなく、町へ往診も頻度は減った。ただ呼び出しを待つだけの日々は気を紛らわせることもできない。


 遠くから眺めるだけならこんなに苦痛にならないのに。


 綺麗な領主は見るだけならむしろ眼福ものである。

 しかし、領主の態度にアルバは疲れすぎていた。


 楽しく話せる可愛いリオを見たい。癒されたい。

 そんな一心で、アルバはカールの助言通り、とうとう手紙をしたためることにした。


 私室に籠り、便箋を広げる。

 持ってきていた数少ない種類の中から一番かわいいものを選んで、ペン先を乗せた。

 リオを思って書く手紙は、想像以上に楽しく、くもる気持ちも晴れるようだった。


 書いた手紙を自身の青色のトリに括り付ける。

 泣き言に近いそれを、十二歳も年下の少年に読ませるのは心苦しかったが、会いたい気持ちが強かった。


 窓を開けて、トリを飛ばす。

 外は晴天。気持ちの良い風がアルバの頬を撫ででゆく。


 青い羽根を広げて、晴れやかな空へ飛び出したトリは、しかし頭上の空を一周し、戻ってきた。


「え?」


 空から舞い戻ってきてしまったトリに、一瞬、故障の二文字が浮かぶ。

 しかしトリは落ちることも止まることもなくアルバの横をすり抜け、真っ直ぐ飛んでいく。


「ええ? 待って!」


 何度も通っていい加減見慣れてしまった廊下を、トリを追いかけてアルバは走る。

 廊下を飛んでいたトリがようやく一つの部屋に入っていった。アルバも後を追う。


 トリが部屋の天井を一度旋回して、降り立ったのは。

 銀髪の、これでもかと色気を放つ、青目の男。


 青色のトリを愛おしそうに撫で、括り付けられた手紙を開く。

 広い肩に留まる青いトリが、領主の青色の目と相まって、絵画のように魅せられる。


「──領主、様──……?」


 アルバの言葉に、領主は、困ったようにふわりと笑った。それは初めて見る表情だった。

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