第5話 ナトリの懸念

「よーう、アルバ、懐かれてるらしいじゃんか」

「ナトリ……そうなのよ」


 木箱を抱えてやってきたナトリは診療所の隣で薬屋を営んでいた。

 アルバはナトリから診療所で使う備品を仕入れており、こうして持ってきてくれるのだ。

 備品室まで運んでもらった箱をアルバはその場ですぐに開いて確かめる。


「これ、消毒液な。少なくなったって言ってたろ」

「助かるわ。私の力じゃ、傷口が塞がらないこともあるから」


 消毒液のラベルを確認しながら箱から出していく。

 完全に治せないアルバは、治療の前後に消毒液を使用するのだ。


「リオ様? だっけか、あのときの子供だろ」

「ええ。あなたが連れてきてくれた、あの子よ」

「なんか、悪かったな。面倒を増やしちまったみたいで」


 いかにも申し訳なさそうにぽりぽりと鼻を掻くナトリだが、連れてきてもらったこと自体アルバは何も思っていない。


「何言ってんのよ。連れてきてもらってよかったわ。それに、連れてきてもらわなければ、あの子、どうなっていたかわからないわよ」


 それほどに大きな傷だった。

 ナトリたちが急いで連れてきてくれたから、リオは元気に過ごしている。


「それに、お金持ちのお坊ちゃんだもの。たくさんお礼ももらえたし、いいことずくめ。あなたには感謝しかないわ」

「そう言ってもらえると気が楽だけどよ。けど妙に懐かれてるじゃねえか」

「まあ、そうなのよねえ、なぜか。きっと私が傷を治してあげたことが嬉しかったのね。それと庶民の生活が物珍しいのよ。子供だし、好奇心も旺盛でしょう。でも飽きるのも早いと思うのよ、たぶんね」


 カチャカチャと消毒液を仕舞いながら、アルバは軽く頷き続ける。

 長く続くものではないだろうとアルバは心配していなかったが、ナトリは違ったようだった。


「いや確かに子供だけどよ、もう九歳のガキだろ。じゅうぶん物事が理解できる年齢だ。まして貴族かもしれねえんだろ。だったらご立派な教育だって受けてるはずだ。自分の立場だって、求婚が何なのかだってわかってるはずだろ」


 箱が空になったのを確認して、アルバは木箱を部屋の片隅へと置く。この木箱には空になった瓶を入れるのだ。

 すでに空瓶でいっぱいになっている前回仕入れたときの木箱はナトリにまた運んでもらう。

 中身のない瓶を外へと運びながら、ナトリは言う。


「なんなら、俺と結婚してることにでもするか?」


 アルバが考えるより、ナトリはよほど責任を感じているようである。

 思いもよらない提案にアルバは大げさに驚いた。


「ええ? そこまでしなくたって! ナトリと結婚なんて考えられないし」

「失礼なやつだな。でもそれもアリだろ。考えとけ」

「結婚、ねえ。ま、頭の片隅に残しとくわ。消毒液、ありがとう」


 いつものようにあっさりと別れたが、アルバの心にはずっとナトリの提案が残っている。

 外の診療所の看板の前で考え込んだ。


 結婚、結婚ねえ。そんなに心配になるかしら。子供の言うことなのに。

 でも綺麗なものが好きなこと、ナトリは知ってるからなあ。

 綺麗な子供からの求婚にうっかりと頷いてしまうのではないかと心配になるのかもしれない。


 でも断言できる。私はリオにほだされない。

 まあ仮に数年後リオが大人になったとして、私との年齢差が十歳。

 そもそも許可なんて下りないだろうけどもそこはいったん置いておいて。


 結婚したとしても、お金持ちのリオと庶民のアルバが釣り合うはずもなく、年下を誑かしたと非難されるのは目に見えている。

 そうなればアルバの人生計画は破綻する。

 アルバの人生の目標は、お金に困らず、平和に生きて、できれば長生きすること。

 決して悪目立ちしてはいけないのだ。


 一人納得したところで、「アルバ!」と声を掛けられた。


「あら、リオ。いらっしゃい」

「ナトリきてたの?」

「ああ、会った? そう、頼んでいた薬を届けてもらったのよ」


 ふうん、とナトリが帰った方向にちらりと目をやって、リオはアルバの手を引っ張った。


「アルバ、今日、休診日だよね。町巡りしたいから案内してよ」

「ええ?」

「ナトリばっかりずるい。僕だってデートしたいんだよ」

「え、いや、ナトリはただ薬を届けてくれただけだってば」


 そう言いながらもリオの目を見れば、強く拒絶できない。


 うう。リオのおねだりは最強なのでは。

 銀の髪から覗く大きな目は、アルバの好きな青色だ。この目で覗き込まれるとアルバは途端に甘くなってしまう。


「ふう、わかったわ。少し待ってて。出かける準備をするから」


 お出かけ着に着替え、髪もまとめて、買い物のメモを掴む。

 リオのお誘いを断れなかった自分を責めつつ、せっかくなので生活必需品の買い物を済ませることにした。

 デートだとリオは言ったけれど、要は、荷物持ちが増えたのだ。

 リオを案内しながら、アルバはここぞとばかり買い物を満喫したのだった。

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